2013年1月28日月曜日

国内旅行はなぜつまらない?

 私は旅行を趣味としている。少しでも時間とお金があれば、常に居住地から飛び出ることを企んでいるといっても過言ではない。見知らぬ土地へ行って、(冒険ではなく旅行なのだから)身に危険が及ばない範囲で、未知のものに驚かされたり、今まで自分が築き上げてきた価値観を突き崩されたりするのは、刺激であり、快感でもある。旅に出るときは、いつも、何かそんな刺激を私にもたらしてくれるものがあるのではないかと、わくわくしながら、列車や飛行機に乗り込む。
 しかし、日本の街では、この期待が裏切られることが多い。長い時間をかけて、飛行機とバスを乗り継いで、九州だの北海道だののある街へ行っても、東京や千葉や川崎を歩いているのと変わらない緊張感で過ごしていることが多いのである。そもそも、上述のような刺激を求めて旅立つ先に、国内は適さないのかもしれない。だが、一つの国内でも対照的に、私の経験ではイタリアは、街を移動するごとに刺激に満ちている。第二外国語としてこの国の言葉を履修していたこともあり、私は(居住経験はないのであくまで旅先として、であるが)この国が大好きである。日本もイタリアも南北に長い地形で、長い海岸線を持ちながらも山がちな国土であり、方言も豊かである等、共通点も多くみられる。では、この違いはどこから来るのであろうか。
 その答えの一つに、本を読んでいて思いあたった。池澤夏樹の小説『キップをなくして』の文庫版に添えられた、旦敬介による解説は、池澤がこの小説の時代設定を、「国鉄民営化後、青函トンネル開通前」としており、それは1987年夏に限定されると指摘したうえで、この時代設定が意味するものを推察している。その中に、次のような記述がある。「それ(引用者注、80年代後半の青函トンネル開通や本州四国連絡橋開通)はあらゆる意味で移動が(略)ものすごく便利になったということであったと同時に、日本全国が、島ごとの区別がはっきりしないのっぺりとした統一体になったということでもあっただろう。それを考えると、一九八七年の夏休みは、日本を旅行するのに、まだ船に乗らなければならず、別の島に行ってきた、異界に行ってきた、と意識することができた最後の夏休みであったと言える」(池澤夏樹『キップをなくして』角川文庫、2009、p.278)。別の個所で旦も指摘するように、旅行家として知られる池澤は、90年代初頭には、日本国内で唯一道路や線路から遮断された都道府県である沖縄に移住をした。この「のっぺりとした統一体」という表現は、感覚的な言葉ではあるが、確かに日本全国を歩いてみると実感されるものと言わざるを得ない。旭川を歩いていても、新潟を歩いていても、長野でも堺でも松山でも熊本でも、都市における体験は似通っている。駅を降りればデパート型のビルが建ち、少し歩けば全国チェーンのショッピングセンターで買い物ができ(これは別の話であるが、私は買い物をするわけでもないのに旅先では必ず大型のショッピングセンターを訪れる)、宿を探してぶらついていれば制服姿の女子高生が大きな声であまり重要そうでないことを彼女らにとってはさも重要そうに話しながら自転車で並んで追い抜いてゆく。これら全ての体験を、私は決して嫌いではない。しかし、どの街へ行ってもこれしかない。私が初めて沖縄に行ったのは2010年のことであるが、那覇もかなりこのような街に似通っていた。因みに池澤は、那覇から知念に転居した後、2000年代半ばには遂に日本を離れフランスへ移住してしまった(現在は札幌に住んでいるそうである)。
 もちろん、半島の先端からシチリアへ橋が架かっていないから、イタリアの方が素晴らしいというわけではないであろう。だが、都市から都市へ移動したときには、「異界に行ってきた」という実感がある。街並みや建物の外壁の色も異なる。通りの雰囲気も異なる。イタリアも日本と同じように鉄道が整備されているが、それでも「のっぺりとした統一体」にはなっていない。わずか1時間の乗車を終えて列車を降りれば、そこには確かに「異界」にやってきたという緊張感をもたらす何かがある。一つ一つの街が、来訪者に異なる体験を提供してくれる。もちろん、両国の歴史の違いもあろう。しかし、89年生まれの私が知らない日本が、まだ分断された島々で、都市ごとの体験にも違いがあったならば、80年代後半から進んでいった、旦の指摘するような変化は、勿体ないことであると言わざるを得ない。
 具体的に何が国内旅行を刺激のないものにしているのか。それはまだ私にはわからない。しかし、言うなればこの国が旅する人の面白みを無くすという意味で「均質で不可分」(私はフランスには行ったことがないが、「格差社会」が問題になってきた高校生の時分、この言葉に憧れた)になってしまっているのではなかろうか。国境の長いトンネルを抜けても、何の感動も待っていない国は、旅行をするのにはあまり楽しくない。

(早・宇佐美)

2013年1月25日金曜日

文化、芸術とは

はじめまして。早稲田大学政治学研究科1年のカネヤマです。
投稿が遅くなり申し訳ありません。
文化政策を受講しています。

私は、文化政策という授業を受講していますが、学部・修士ともに日中韓のFTAについて学んでいます。
そのため、文化について深く考える機会は今までほとんどなかったように思います。
この授業を通して、私の今までの経験を振り返ってみました。

文化や芸術に触れる機会は多くありませんでしたが、その中で一番印象に残っているのはルーブル美術館でジョルジュ・ド・ラ・トゥールの『大工聖ヨセフ』を見たことです。
小学校6年生の時に家族でルーブル美術館を訪れました。
絵画についての知識も世界史の知識もほとんどなかったため、絵画や彫刻を見ても、ただすごく細かかったり、写真のように写実的だったりとなんとなくすごいなということしか感じませんでした。
しかし、『大工聖ヨセフ』を見たときに全身に鳥肌がたちました。炎に照らし出されたヨセフの目が本当の目のように見えました。ヨセフとイエスの光あて方もなんとなく不気味で、理由はわかりませんが少し怖いと思いました。
この時初めて、人々が後世まで残したいと思う芸術作品というものの存在を実感しました。
たった一枚の絵に信じられないほど強い力を感じました。

もう一つ、ルーブル美術館で印象に残っていることがあります。
それは、小学1、2年生ぐらいの子供たちが絵画の前に座ってスケッチをしていたことです。
授業の一環でみんな一生懸命絵をかいていました。
それまで美術館でスケッチをするという発想が私にはありませんでした。
ルーブル美術館は、18歳未満は無料で入館することができます。
子供たちはよく美術館を訪れ、気に入った絵の前で長いことスケッチを描くことができるのです。
子供たちにとっては遊び場のようでした。
父は、美大出身ということもあってとてもうらやましそうにしていたのをよく覚えています。

それ以来、美術館にはあまり多くは行っていませんが、ポスターを見ると行ってみたいと思うようになりました。
日本の美術館に『大工聖ヨセフ』がきた時には、もう一度見に行きました。二度目に見たときも、全身に鳥肌がたちました。
私にとって芸術体験というようなものは、『大工聖ヨセフ』との出会いのようです。


(早・カネヤマ)

2013年1月24日木曜日

ジャズ喫茶を見て感じたこと


初めての投稿が遅くなり申し訳ありません。小林真理先生の文化政策の受講者の早稲田大学大学院政治学研究科1年カトウです。

私は音楽が好きなので、そのことと文化政策の関わりを少し考えてみました。
高田馬場・早稲田には、私の知る限りではジャズ喫茶が3店あります(ここでいうジャズ喫茶は、ジャズバーやジャズの流れるレストランは含んでいません)。どれも素晴らしいお店です。
ひとつの地域に3店舗も存在する地域はほぼありません。学生街だからそういった店が残っているのかもしれません。全国的に見たら、ジャズ喫茶は昔に比べて激減しています。
端的に言えば、需要が少ないから減少するのでしょう。仕方のない事ではあります。
しかし、(ジャズ喫茶に限らず)個性ある個人店が存在することによる街の魅力がなくなることや、
様々な店があることで様々な人間を受け入れてくれる場所が存在するといった包容力が街になくなるのではないかと思わずにはいられません。
あたりさわりがなく低価格で入りやすいチェーン店が店舗数を拡大していき、個人店が減少していくこと*1は資本主義の上ではしょうがないことなのでしょうが、
文化の多様性がまさになくなっていっている気がします。

行政の文化政策でこういったことにどういった対応ができる(あるいはできない・するべきでない)のか疑問を持ちました。
例えば、大小の劇場を作ることや伝統芸能の保護は、文化政策でやりやすいことに思えます。
それにくらべて、個人店の保護、より一般的に言えば、教養となると公権力が認めない文化的事象は促進・保護しにくい気がします。(間違っていたらご指摘ください)
そもそも、そういった文化は行政が介入しないからこそいいという意見もわかりますし、その通りだと感じますが
何を奨励・促進するべき文化で何をそうでない文化か決めることは、かなり恣意的であるように見えます。
文化政策が偏りのあるものならば、文化事象の多様性は失われるように思えます。
文化事象の多様性は、様々な個人に対する社会の包容力であると考えるので、より文化の多様性に配慮した文化政策が必要ではないかと感じました。

*1 「喫茶店営業の実態と経営改善の方策」平成24年度生活衛生関係営業経営実態調査をまとめたもの

大分トリニータに関する問題

皆様、こんにちは。
小林真理先生の文化政策を受講しております
早稲田大学大学院政治学研究科1年のJohnと申します。

私は昨年11月に総選挙のために地元の大分へ戻り、約1か月選挙活動をしてまいりました。
私が選挙事務所に入ったばかりの11月23日にJ1昇格を決め、再び地元で話題となった
大分トリニータの財政問題について地元で見聞きしたことなどを書き連ねたいと思います。

大分トリニータは大分県にホームを置き、Jリーグに加盟するプロサッカークラブです。
1994年に任意団体「大分フットボールクラブ」、(愛称:大分トリニティ)として設立され、
1999年に運営法人「株式会社大分フットボールクラブ」を設立、J2への参加を果たし、
同年、正式に「大分トリニータ」と改称しました。
クラブ名は、三位一体という意味“Trinity”と本拠地の “Oita”を合わせた造語で、
県民・企業・行政の力を結集してチームを育てていくという意味があります。
当時、自治省から出向し、大分県企画文化部参事であった溝畑宏氏(後の観光庁長官)を
ゼネラルマネージャー(後に代表取締役社長)として迎え、県民・企業・行政の支援の下、
2002年にJ1昇格を果たし、2008年にはナビスコカップ優勝を果たした。

しかしながら、トリニータは、慢性的に財政基盤が弱く、赤字体質が現在まで続いている。
2005年には、「株式会社大分フットボールクラブ」は大分県から
「大分県スポーツ文化振興財団」を通して2億円の融資を受け、
結果的に県民からの税金を投入してクラブを存続させることが可能となった。
2009年には、日本プロサッカーリーグが設立した公式試合安定開催基金に対して、
緊急融資を申請し、Jリーグ理事会にて計6億円の融資を受けるなど、
限りなく経営破綻に近い状態でクラブの運営を行っていた。
2010年にも、再び運営資金が不足する可能性があったため、
再び県から「大分県文化スポーツ振興財団」を通じて2億円の追加融資を受けた。
加えて、2010年から現在まで大分県はトリニータ再建支援のために、
ホームスタジアムである大分銀行ドーム(ビッグアイ)の使用料を全額免除している。
2012年にも、大分県はJ1昇格の前提条件である3億円の借金返済のため、
三度「大分県文化スポーツ振興財団」を通じて5000万円の支援を決め、
県内の市町村も県市町村振興協会の基金を取り崩し、5000万円を捻出することとなった。

このような大分県の対応に対して不満を感じる県民も多い。
県議会総務企画委員会では、「県から「大分県文化スポーツ振興財団」を通じた迂回寄付に
県民は疑問を感じている」など、議員たちから意見が出され、
県議会一般質問でも、「(県内にはサッカー以外にも、バスケットボール、フットサル、
バレーボールのスポーツチームがあり、)どのチームも潤沢な資金で運営されている
わけではない。経営危機に陥れば、財政支援するのか」と質問が出された。
前者の意見に対して、県文化スポーツ振興課長は、「トリニータを支える県民会議」で
市町村から「直接寄付の形を取らないでほしい」旨の意見があったためと説明し、
後者の意見に対しては、県企画振興部長は、県民、経済界、行政の三位一体で
育てるというトリニータ設立の趣旨に触れ、「支援という観点では、トリニータと
(他のスポーツチームを)同列に論ずることは難しい」と答弁し、否定的な考えを示した。

これらの意見・質問は、大分県における「文化政策」の問題点を指摘していると私は思う。
県の外郭団体である「大分県文化スポーツ振興財団」を通した県の支援と
県民に十分に説明・理解されていない状態で、トリニータに特化した県の財政支援は、
非常に不健全で問題があると考えるからだ。
前者は、「大分県文化スポーツ振興財団」を迂回させることで、県議会の議決なしで
トリニータの財政支援を可能にしようとする県の意図が見え隠れし、
後者は、トリニータという特定の団体を支援する理由を明確に説明できておらず、
2012年12月には、かねてより資金繰りに苦労を重ねており、大分に密着した
プロバスケットボールチームである大分ヒートデビルズの運営会社
「株式会社大分ヒート」が県からの財政支援を受けることなく、
財政難を理由にbjリーグを退会してしまったという事態が発生した。

トリニータの財政問題は根本的には解決されておらず、
今後も引き続き県内で議論されていくことになるだろう。
私は、大分県出身者として、大分を地盤とした政治家になろうとする若者として
この問題の行方を見守っていきたい。

2013年1月11日金曜日

非文化的であること

 初めての投稿になります、早稲田大学大学院法学研究科修士1年のkahawaです。他研究科聴講で履修しています。小林先生の文化政策に関連する授業は昨年度も履修しており(政治学英語文献研究)、それ以来考えてきていることを分割して書きます。

 さて、勝手な推測ですが、この授業を履修している方は、「文化は権利である」という命題に肯定的(そうあるべきだと思う)で、かつ正しい(現実に妥当する)と考える方が多いのではないでしょうか。僕はそうです。
 では、「文化は義務である」という命題はどうでしょうか。これまた推測ですが、否定的(そうあるべきだとは思わない)で、かつ少なくとも現在においては正しくない(現実に妥当しない)と考える方が多いのではないでしょうか。僕は、これについては、否定的ですが、ある程度正しいと思います。少し詳しく書くと、「文化的であることは、非文化的であることよりも優れている」という価値判断のもとに文化的たることを強要する、「文化の義務化」という状況が現実に生じつつあると考えます。今回は、「非文化的」であることについて取り上げます。推測だらけで極めて抽象的な内容ですが、ご容赦ください。

 僕が疑問に感じるのは、「非文化的」という語が持ち得る否定的、侮蔑的なニュアンスです。過日の授業では、文化国家や文化行政などの語における「文化」は、当初は「洗練されたもの(野蛮や、洗練されていないものとの対比)」という意味合いだったということが提示されました。その意味に解するならば、「非文化的」という語にマイナスのニュアンスが伴うのは、定義上致し方ないことだと思います(だからこそ改善の推進力が生まれる訳ですし)。また、対象が特定個人ではなく社会や制度なので、ここではこれ以上は掘り下げません。
 では、「文化は権利である」というときの「文化」の意味における「非文化的」という語の場合は、どうでしょうか。今回は、いわゆる芸術文化に多いと思われる、参加に能動性が必要なもの(以下、便宜的に「芸術文化」と表記)に限定して考えてみます。
 まず、社会環境などにより、芸術文化に参加できない「非文化的」な人に対しては、「非文化的」足り得る原因は社会環境であり、そのような状況はよろしくないので、環境を整えよう(アクセス確保)ということになるのでしょう(開発援助には、このような側面があると思います)。ここでは、「非文化的」なこと自体の良し悪しについてどのように把握されているかは、明らかではありません。
 一方、環境は整っているのに芸術文化に参加しようとしない「非文化的」な人に対しては、文化的素養がない、あるいは心が貧しいといった形で、マイナスのニュアンスを有することになっていないでしょうか。「非文化的」であることは、「文化的」であることに劣る、と。先に21527さんが「私の芸術履歴について書いても、教養のなさが露呈してお恥ずかしい限りとなるのは間違いありません」と謙遜された書き方をされているのも(2012年12月21日)、上述のようなニュアンスが存在することを前提にされているのだと思います(違っていたらごめんなさい)。
 このようなニュアンスが生まれるのは、Xenakis48さんが紹介しておられるように(2012年11月30日)、「文化」であるというだけでプラスのイメージが生じる、ということの反射効によるところが大きいと思います。踏み込んで言えば、「文化は人の心や生活を豊かにする」という主張は、翻すと、「非文化的」であることは何らかの形で心や生活が貧しいのだ、という意味にもなりかねないと思うのです。
 しかし、文化が権利であるならば、行使するもしないも本人の自由のはずです。そこから出発して、アクセスが確保されている状況においては、権利行使して「文化的」であることと、権利行使せずに「非文化的」であることは等価なはずで、「非文化的」であることを否定的に捉える(「文化的」であれ、という圧力を生じさせる)のは良くない、というのが今回の主張です。
 文化権を認められている市民がその権利をどのように活用するか、という問題意識をnbkmさんが書かれていますが(2012年6月28日)、上記の僕の主張を踏まえ、みなさんはどのようにお考えでしょうか。

 最後に次回(以降)の内容を少し。僕は、文化権を保障するというとき、その根幹は「文化を強要されない権利(離脱権)の確保」と、「文化的なものにアクセスできる環境の確保(アクセス確保)」であるべきだと考えています。この枠組みに照らすと、文化の魅力を発信すること自体はアクセス確保に資するものですが、「非文化的」であることに対するマイナスのニュアンスを生じさせてしまうと、離脱権への制約になります。
 ということで、離脱権とアクセス確保の内容はどんなものか、文化の義務化とは何を言おうとしているのか等について取り上げたいと思います。文化と健康の関係、複言語主義など、なるべく具体的な内容になるように気を付けます。

(早・kahawa)

2013年1月5日土曜日

先生、みなさまへ

はじめまして、早稲田大学大学院政治学研究科1年で、
小林先生の文化政策の授業を受講しているスギヤマです。
あけまして、おめでとうございます。
みなさまにとって良い年になりますよう、お祈りしております。

実は、初めて投稿させていただきます。今日は、なぜ私が文化に興味を持ったのかについて、これまでなかなか文章にまとめる機会がなかったので、(少し恥ずかしいですが…)思い切って、書いてみようと思います。

思い起こせば…私は、絵を描いたり、歌を歌ったり、きれいなものを見るのが好きで、美術や音楽にはずっと興味があったように思います。それと同じくらい、心の中にずっと引っかかっていたのが、「戦争」でした。本だけではなく、映画、ドラマ…色々なものを見て、こんなことは二度とやってはいけない、とどこかで強く感じていました。毎年、終戦記念日の近くになると放送されるドラマなどは、必ず見ていたように思います。(特に印象に残っているのが、「百年の物語」「愛と青春の宝塚」「少年H」などです。)中学・高校時代は、広島で被爆者の方にお話を聞いたり、沖縄で実際にガマに入ったりもしました。目をそらしたくなることばかりだけれど、いつか戦争を体験した人たちがいなくなってしまったら、この事実は忘れられてしまう、そんな危機感のようなものも、感じていました。

「文化」と「戦争」という私の心の中にあったこの2つを結びつけたのが、在日朝鮮の方との文化交流でした。小学校六年生の時、(確か総合の時間だったと思うのですが、)朝鮮の音楽、料理、民族衣装などを学んだり、実際に在日朝鮮の方のお話を聞いたり、最後には実際に朝鮮学校の子どもたちと交流するイベントを考え、朝鮮学校にも行きました。そのとき、幼心にも、「こんな文化交流があれば、戦争なんておきなくてもすんだかもしれない」「こんな文化交流があれば、戦争という辛い過去も私たちなりのかたちで伝えていけるのかもしれない」…そんな風に、感じていました。その後、(ちょうど中学生の時でした、)ワールドカップや、冬のソナタなど文化面で韓国との交流が急速な勢いで進んだことには、私自身もとても驚きました。

「文化が人と人を結び、国と国を結ぶ」「文化交流が戦争を防ぐ」というと、何だかとても恥ずかしい気がしてしまいますが、いまだに私の心の中には、あの時に感じたことが残っています。そのためなのか…今は、パブリックディプロマシーについて、研究しています。
いつかは、戦前・戦中・戦後通じた文化交流についても調べてみたいと思っています。

小林先生の授業を受けて、また、みなさまのブログを拝見して、これまでとは違った「文化」を見る視点を見つけられたように思います。みなさまの「文化に興味をもったきっかけ」も、いつかお伺いできたらうれしいです。

本年も、よろしくお願いいたします。

スギヤマ(早)

2012年12月31日月曜日

全国大会に出場して

みなさまはじめまして。早大・学部4年のイマイと申します。
とある事情から、文化政策の内容が必要になり、金曜2限の授業に潜らせていただいています。

この授業自体が政治経済の大学院に属しているためか、みなさまの投稿している内容に政治的な関心が多く見られます。そんな中、やや雰囲気のことなるものかもしれません。授業を通して思い浮かんだことを書きます。


私は今年(まだ12/31)、所属する合唱サークルで合唱コンクール全国大会に出場しました。今年の全国大会は、富山県の富山市芸術文化ホール(オーバードホール)にて11/24,25に開催されました。
大会の内容はともかく、行ってみて思ったのが、人通りの少なさです。私がずっと関東近郊に住んでいるため、そのギャップだったのかもしれませんが、富山ですれ違う人のほとんどが、本番舞台用の衣装を片手にもった同業者でした。それだけでは人通りの少なさがあるとは言えませんが、繁華街から駅を挟んで反対側のホールに向かうための地下道では、地元の方がどれくらいいるのか不安になるほどでした。繁華街も同様です。立ち寄ったコンビニでも、どこかで見覚えのある顔の人たちが・・・。この様子から、普段この町はどれだけの人がいるのか、もしかしたら今までにないくらい人通りが多いのではないかと思うほどでした。(こんなことばかり言っていては富山出身の方に怒られそうですね。ごめんなさい。あくまで個人の感想です。)
全国大会のようなイベントに付随して、一時的でも人の多さはそれだけ経済効果があるのは確かでしょう。宿泊施設、打ち上げ会場などは確実に利用されるし、会場近くのデパートには全国大会出場者向けのお土産の宣伝もありました。コンクールのような催しは単なる音楽祭や技術を競い合うことだけでなく、地域活性化の一翼を担ってもいると実感しました。
このような状況になるのも、そもそもは全国大会が毎年、各支部(北海道、東北、関東、中部、北陸、関西、中国、四国、九州沖縄)の持ち回りであることに由来します。毎年、会場が異なるのは何の問題もないように思えます。例えば、フィギュアスケートの大会、規模の大きいものでは国体なども各地で行われていたりしていますから、不思議なことではありません。もっと言えば、オリンピックも今では世界規模で(持ち回りではないが)各地域を挙げて取り組まれています。

そういった各地で行われる全国大会の一方で、毎年同じ会場で行われるものもあります。例えば、春・夏の高校野球や年末の高校サッカー、さらには中学、高校の吹奏楽コンクールです。それぞれ、甲子園、国立競技場、普門館と呼んだほうがわかりやすいかもしれません。「甲子園初出場」「国立まで行ったことある」「目指せ普門館」といった言葉は、その会場に行った、行きたいのではなく、全国大会出場という代名詞となっています。特定の場所がある競技の中では神聖化された場所であり、かなり特別な意味を持ちます。と同時に、「その競技と言えばどこそこ」のようなイメージ形成にもつながります。その競技を有名にする役割もあるかもしれません。メジャーな競技になれば、それだけ競技参加人口も増えますから、それが全国に波及することで直接ではなくても間接的に文化振興、経済振興の効果があると言えるかもしれません。
全国大会の場所が同じである理由は、各競技の歴史の中で紆余曲折あったのでしょう。ましてや中学、高校の部活動になぜか全国大会が決まった場所であることも多いため、何かあるに違いないのですが、私もこれについてはまだ詳しく知らないため、これからの課題としたいです。

さて、こう見てみると、全国大会のように人の行き来が確実にあるものを全国各地で行うことで経済の活性化が見込める一方、伝統的に決まった場所で行われていて、競技参加人口を増やし、間接的な方法で貢献しているものもあります。文化ホール利用や地域活性化のためには、持ち回っていたほうが良いように思えます。しかし、合唱の場合であれば、たかだか一日二日の催しであり、かつ47都道府県のうちでの持ち回りなのでたまたまめぐり合わせてやってくるようなものです。持ち回りだからといってそれが確実に各地域の文化振興や経済振興に役立っているのでしょうか。では、決まった場所でやるべきなのか、そうとも思いません。そのようなどちらが良いのかということが言いたいわけではなく、何が考えたいかと言えば、このような全国規模で行われている大会があることで文化振興だとか、活性化だとか言うばかりではなく、それを契機にして文化振興ができないのかということです。
全国大会を催すだけならば簡単でしょう。しかし、それがただの一過性のイベントに過ぎないということになっていては、全国大会という機会が活かしきれていないのではないでしょうか。特定の場所で行われるものはある種の閉鎖性も予想されますが、良いか悪いかは別にしてイメージ作りという面では成功していて、競技や文化として認識を強めていると言えます。まず競技や文化そのものを広く認識してもらわなければ、多くの人はとっつきにくいと感じてしまうばかりなはずです。政策と同時にイメージの形成という観点は実は同時に必要なのではないでしょうか。もちろん、あまりに政治的に利用されたりするのも注意しなければなりませんが。
また、一過性のイベントでしかないのであれば、大抵そのイベントに出向くのは一部のファンや関係者でしかないことが多いです。地域の方々にとってはいつの間にか終わっていたイベントです。特に合唱はCMで宣伝されたりもしません。全国大会が行われているらしいけれど、ホールの中では何が行われているのか、どのような様子なのか特に関心がなければ知り得ないことでしょう。フラッと立ち寄れるようなイベントではありません。富山での全国大会ではなく、富山にあるホールの中だけが全国大会なのです。

以前、ハンガリーの合唱祭に参加した際に、合唱祭の中心地域から少し離れた場所にある教会などでコンサートを開きました。これは自主的なものではなく、合唱祭のプログラムの一環でした。いわゆる出張コンサートですね。ただホールの中だけで展開されているイベントなのではなく、ある時期になると地域を挙げて盛り上がるということに大きな衝撃と感動を覚えました。この合唱祭は2年に1度開かれているので、その意味では一過性ではないのですが、大きなイベントにこそ、それに付随して文化振興ができるような機会があってもよいのではないでしょうかと思います。

なんだかまとまりのない話になってしまいすみません。拙文お許しください。
失礼しました。
(早・イマイ)

2012年12月21日金曜日

健康と文化

こんにちは。
早稲田で金曜2限の文化政策を受講している21527です。

私は政治学研究科で政治的社会化について実証的に研究していまして、これは直接に文化とかかわるテーマではありません。文化(特に芸術)に触れることで政治的に発達する社会化も当然存在するとは思いますが、あまりに間接的な形態であり、分析することは困難でしょう。また私自身、皆様と比べると芸術に触れる機会があまりにも少なく、ここで私の芸術履歴について書いても、教養のなさが露呈してお恥ずかしい限りとなるのは間違いありません。したがいまして今回は、先のXenakis48さんが提示された、健康を盾とした文化への干渉(疑問のひとつ)について、私がこれまで学んできた法学に関連した感想を述べるにとどめたいと思います。

芸術に対して性的な「不健康」を裁判所が認定した事例として、日本ではチャタレイ事件が有名です。皆様もご存知かと思いますが、これは戦後まだ間もない1950年代前半の判決であり、芸術作品かわいせつ物かを判定するために、法的にわいせつの要素を示したものです。最高裁判所は「いたずらに性欲を興奮または刺激せしめ、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する」という3条件を満たしたものはわいせつ物である、としました。この背後には、公共の福祉という聞き慣れた憲法用語があります。公共の福祉そのものについての定義は時代によって移り変わり、また実際に霧のようなものなのですが(具体的に挙げると、とんでもない種類になりますので割愛します)、だからこそ、国民の多数派がある種の公共の福祉を掲げれば、なんだって許されることになります。現在は、芸術に限らずとも基本的人権を直接に規制する理由として公共の福祉のみを援用することは難しいとされていますが、自民党憲法草案にはそのような解釈ができそうな文言がありますし、それについて国民は到底危機感を抱いているようには思えないので、単純に古臭い議論であると片付けることはできないでしょう。いずれにしても、基本的人権は天賦のものであるという欧州式の発想を実感的にもたない今日の日本の憲法論議においては、その国の文化の担い手である国民が制定ないし解釈する正当性をもった憲法が、文化を規制する免罪符となることに抵抗はないと私は考えています。その発想の源は「現実にあわせて改憲をしよう」という本来逆転している発想が容易に容認されていることがすべてであると思います。
 以上からXenakis48さんの疑問のひとつめには、私個人の感想としてこう答えます。「現在の法技術的には、人命や健康が真っ先に保護法益として挙げられるのに対し、文化は保護法益として明確に定義されておらず、手続きを踏めば当然規制は正当化されうるし、それに対する反発も大きくならないことが予想される。ただし、この発想は『現在の国民の』法的な考えを基にしたものである」まったくの論理の飛躍で大変失礼しますが、法的規制でいうなら、私はこのように思います。感情的には怖い世の中であると思いますけどね。あとは日本における国民の健康志向の変化と、憲法論議に際しての因果逆転の理解次第ではないでしょうか。

早大21527

2012年12月20日木曜日

開発援助と文化



皆さまこんにちは。
早稲田大学政治学研究科の aki と申します。
小林真理先生の「文化政策」を受講しています。
2年前にタンザニアの中学校でボランティアをした経験から、
「子どもの名前」と「宗教を伴った開発援助」について考えてみたいと思います。

まず皆さんタンザニアについてご存知でしょうか。
タンザニアは東アフリカに位置する国家であり、日本ではキリマンジャロやマサイ族が比較的有名です。
他部族からなる国家ですが目立った衝突も無く、独立から50年間平和に成長しています。

そんなタンザニアへボランティアへ行って1番驚いたのが「子どもの名前」でした。
タンザニアには生徒の名簿のようなものはなく、生徒の名前は1人1人聞いてメモしなければならないのですが
公用語であるスワヒリ語や部族の言語に由来する名前は発音の難しいものが多いです。
60人分(1クラス)の名前を覚えるとなると大変だと覚悟していたのですが、
実際に尋ねてみると「ビビアン」や「クリス」など耳に親しんだ英語の名前も多く、
イスラム教、伝統的宗教に由来した名前と同じくらいの割合でした。

英語の名前が多いことは、イギリスの旧植民地であるためでもあるのですが、今回は宗教の影響について考えてみたいと思います。
まず、かつてタンザニアでは各部族が土着の、伝統的宗教を信仰していました。
現在はキリスト教・イスラム教がその規模を拡大しておりますが、
このようなキリスト教やイスラム教の割合を高めた要因の1つとして考えられるのが、
植民地支配期の布教活動や開発援助に伴った布教活動です。
と言いますのも、布教活動は教育開発を伴うケースが多く、植民地支配期の教育機会の拡大に貢献したと言われているからです。
独立期に教育を受ける人々がキリスト教やイスラム教の洗礼を受けていったこと、
現在も私立の学校の運営が、宗教NGOによる開発援助により成り立っていることから、
タンザニアには宗教的な学校が多く、人々の間に宗教が広まりやすい土壌があることが分かります。
(もちろん植民地時代のイギリスの政策も多いに影響しているでしょうが...)
かつては大半をしめた伝統的宗教の信仰者が減少傾向にあり、現在はキリスト教・イスラム教・伝統的宗教は同じくらいの割合で分布しています。
このような新しい宗教の拡大によって、キリスト教やイスラム教を信仰する夫婦が増え、
生まれた子どもに宗教に由来する名前をつけたことから、伝統的な名前の減少に繋がったようです。

余談ですが、近年は宗教に由来しない個性的な名前も増えており 'Godlisten', 'Godess', 'Happiness', 'Lovely' といった名前の子どももいました。
日本でも個性的な名前が「キラキラネーム」などと言われておりますが*、
その現象は先進国のみならず、タンザニアのような最貧国と呼ばれる国でも顕著なようです。


*「新生児の名前「Apple」「Siri」が急増 米調査(12/3)」 http://www.cnn.co.jp/fringe/35025164.html (2012/12/21アクセス)
先進国の「子どもの名前」が取り上げられているニュース記事。


(早・aki)

2012年12月13日木曜日

金曜2限「文化政策」

皆様こんにちは。
早稲田大学大学院政治学科のK.Iと申します。

小林真理先生の「文化政策」の授業を受講しています。
「国民の教化、アイデンティティの形成」としてのナチス政権下における「文化政策」について書かせていただきます。

まず、私自身は古代ギリシャの政治思想、特にプラトンとアリストテレスのそれに関して研究をしているのですが、プラトン『ポリテイア(国家)』で展開される教育論が、ナチス政権下においてその文化政策の理論的根拠として援用されたことはよく知られていると思います。例えば、プラトンとヒトラーは相似形のような関係にあると捉えたフランツ・ストロイシュ、1933年の党大会(「勝利の党大会」)での演説で民族間の「反平等主義者」プラトン像を描き出したアルフレート・ローゼンベルグなど、ナチ関係者を含め多くの人物がプラトンを引用してナチス政権の正統性を主張しました。

ここで彼らの主張とプラトンの原典を比較して、彼らのプラトンがいかに歪んだものかを示すことはしません(興味のある方は、佐々木毅『プラトンの呪縛』講談社、1998年をご参照下さい)。
ナチスによる文化政策に限らず、「国民の教化、アイデンティティの形成」を目的とする文化政策は、その本質上「我々」と「他者」を区別するものであるため、「我々」から除外される人々に対する排他性を形成するという側面もあります(このことはスリランカにおけるシンハラ政策からも窺い知ることができるでしょう)。つまり、文化政策は寛容であると同時に独善的であり、文明的であると同時に野蛮的でもある、そのような一面を持ち合わせている。
私個人の興味関心の話で申し訳ないですが、歴史上のこれらの危機の実相との関係でプラトンのもつ現代的な意義を、改めて考える機会となりました。

(早・K.I)

リニア・鉄道館にて考えたこと

リニア・鉄道館(名古屋市港区)を見学した。ここでは、その展示内容とそこから読み取れる博物館の理念や訴えようとしているもの、またそれについて私が考えたことについて述べたい。
 まず、この博物館の概要を公式ホームページ(http://museum.jr-central.co.jp/)に基づいて説明したい。この博物館は昨年3月に開館した、東海旅客鉄道株式会社(JR東海)が直営する鉄道博物館であり、そのコンセプトは同館ホームページによると、「現在の東海道新幹線を中心に、在来線から次世代の超電導リニアまでの展示を通じて『高速鉄道技術の進歩』を紹介」すること、「鉄道が社会に与えた影響を、経済、文化および生活などの切り口で学習する場を提供」すること、そして「模型やシミュレータ等を活用し、子どもから大人まで楽しく学べる空間」であることとされ、「夢と想い出のミュージアム」という呼称も館名に続く形で付けられている。展示は主に、実際の車体の展示、鉄道技術のモデル展示、史料展示等であり、シミュレータにて運転士や車掌の業務の一部を体験することが出来る。
 私が見学したのは平日であり混雑はしていなかったが、未就学児と保護者、高齢者、外国人のツアー客等幅広い年齢の人々が来館していた。入館すると、まず3両の車体が展示されている部屋へ出る。この3両は、それぞれC62型蒸気機関車、955形式新幹線試験車(300X)、そして超伝導リニアのMIX01-1である。これらは「高速鉄道のシンボル」として位置づけられており、それぞれ狭軌に於ける蒸気機関車の最高速度、電車の最高速度、鉄道の最高速度を記録した車両であり、何分かに1回、それを説明する映像が流される。この部屋を抜けると、メインの展示室に入り、そこには30数両(ホームページによれば実物車両は全部で39両)の車両が展示されている。0系、100系、300系の新幹線車両、381系電車、52系電車等が前面に並んでいる。概ね歴史的な順序で入り口から見て右から左へ配置され、後方にも何両もの貴重な車両が、美しく磨かれて展示されている。殆どの車両では、座席に座ることは出来ないが、復元された内部の見学も可能になっている。また、その展示の周りにはモデルを用いた地震感知と緊急停止の仕組みやATCの仕組み、台車の仕組みや座席、改札、オペレーション全般の、映像や模型を用いた展示が行われている。その他精巧なジオラマの展示や、超電導リニアの技術に関する展示、シミュレータ、2階では史料の展示、電車の玩具などを置いた子ども用の遊び場等がそれぞれ部屋に分かれて配置されている。リニア・鉄道館という名前であるが、どちらかというと超電導リニアに関する展示よりも在来線・新幹線に関する展示のほうが多い。
 この展示の於いて一貫しているのは、そのコンセプトにも示されている通り、高速鉄道技術の重視である。新幹線車両や技術の展示は勿論、前面に展示されている381系電車も、日本初の振り子式車両として開発され、名古屋と長野を結ぶ特急「しなの」号に於いて、その丁度後方に展示されている気動車特急の時代から大幅な時間短縮を実現した車両である。そして、シンボル展示に位置づけられている3つの車両もまた、前述したように速度の世界記録を出した車両である。同行した鉄道ファンの友人の話によると、展示品の一部、特に旧式の車両や史料は、JR東海が嘗て営業していた佐久間レールパークに展示されていたものである。それを考慮すれば、同社がこの新しい博物館の展示品を選び、展示を作り上げてゆく過程には、今後の開通と新たな主要事業となるであろう、東京、名古屋、そしてゆくゆくは大阪を結ぶ超電導リニアへと続く、都市間高速鉄道の重視と、そのアピールが一貫した理念として見えてくる。
 高速化は、鉄道事業の目指すものの一つであることは間違いがない。そしてそれは、新幹線にその収益の大部分を頼るJR東海(同社の旅客運輸収入:http://company.jr-central.co.jp/company/achievement/financeandtransportation/transportation1.html)にとって、安全輸送に次ぐ最も重要な事業上の関心事であろう。しかし、鉄道事業が旅客に提供できるものはそれだけではない。勿論それらをJR東海が軽視しているというわけでは無いが、快適な居住性の提供、便利な駅の提供等、高速化とそれが完全に分離している訳では無いが、高速化の他にも鉄道事業が目指すべきもの(ここでは安全輸送は、私はそれらの基盤となる大前提としてあえて枠外に置いている)が存在する。それらではなくて、「高速鉄道技術」を前面に打ち出すということはどういうことなのか。それをこの博物館が強調する理由の最大のものは、前にも少し触れたように、JR東海の経営方針であろう。新幹線でその収益の大半を稼ぎ、将来に於いては超伝導リニアにより三大都市間輸送を担おうとしている。博物館を運営するにあたって同社は、「高速鉄道技術」を来館客に一番にアピールしたいであろうし、勢いすることになるであろう。しかし、ここではもう少し、「それがどういうことなのか」、つまり展示に於いて「高速鉄道技術」が前面に押し出されている意味を考えてみたい。ここで、同館のコンセプトの、ここまで私が言及してこなかった最後の一つを思い出してみよう。それは、「鉄道が社会に与えた影響を、経済、文化および生活などの切り口で学習する場を提供」することであった。鉄道はいうまでもなく社会的なインフラの一つであり、それは特に日本に於いては、まさに日常生活の一部であろう。今このブログを読んでいる人のうち、日本で生まれ育った人で、鉄道を利用したことがない人がいたら、ぜひ私に教えてほしい(私の知人で、高校まで徒歩通学だったため、高3まで一人で切符を買えなかったという者はいるが)。このコンセプトに対応する展示は、主に2階に位置する展示室で展開されている。これらの展示は、鉄道の歴史を踏まえたものであり、新たな知見を得ることの出来るものであるが、この博物館で前面に押し出されている鉄道の高速化という理念に比べると、些か展示の量が寂しい。しかしながら、この「鉄道が社会に与える影響」というものは、「鉄道の高速化」と強く繋がっている筈である。この博物館に於いて、鉄道の高速化を重視するならば、更にそれが社会に与える影響、或いは、社会からどのような影響を受けて鉄道は高速化してゆくのかということも、もう少し考えるべきなのでは無かろうか。日本最大の鉄道会社のうちの一つが、鉄道博物館を建てた。そこでは鉄道の高速化が強調されている。そのこと自体、これからの日本の鉄道と社会との関係に何らかの示唆を持つのでは無かろうか。
 現在、運賃のことを考えなければ、名古屋近郊に或る私の実家から、早稲田大学の2限の授業に通うことが出来る。京都市内の大学なら、名古屋から通っている学生がいるという話をよく聞く。リニア開通後、運賃次第では、名古屋から東京に通う学生やサラリーマンが現れる。現在の東京から八王子や千葉への出張と、リニア開通後の名古屋までの出張との移動時間は殆ど変わらない。リニアの開通は、車内でサンドイッチを食べコーヒーを飲んでいる間に名古屋から東京までの移動を可能にする。名古屋から各駅停車で東京まで行くと、その間に文庫本が3冊は読める。リニアの中では1冊のうちの3分の1がやっとであろう。そのような社会がまもなく実現しようとしているのである。日本国内に於ける交通革命に違いない。一方で、JR東海はリニアがこの社会に求められていると思うからこそ、その建設をする筈である。この社会は、東京、名古屋間を1時間40分で結ぶ新幹線でよりも、更に早い移動手段を求める社会なのである。近年、鉄道ファンたちは多くの鉄道の(少なくとも彼らにとっての、おそらく多くの人にとっても)楽しみが消えてゆくことに嘆いてきた。西行きブルートレインは全廃された(寝台特急自体は残っているが)。この博物館にも車両が展示されているが、新幹線の食堂車も既に全廃されている。この社会に存した文化は、それらとは相容れなかった、ということなのであろう。
 コンセプトにも示されている「鉄道が社会に与えた影響」、或いはその逆の関係と現在や未来に於いて起こる事柄も含んで、「鉄道と社会との関係」を、同じくコンセプトに示され、実際の展示でも強調されている「高速鉄道技術の進歩」に対しメタに位置づけて考察することを来訪者に促すのは、彼らにリニアや新幹線への批判的な意見をもたらしかねない可能性もあり、私企業であるJR東海が運営する博物館にとっては難しいことであろう。しかし、鉄道の利用者であり、何よりもかけがえのない交通インフラとしての鉄道に支えられている社会に生きる私たちは、一度はそういった見方で考えてみるべきでは無かろうか。日本の優れた鉄道技術は、私たちに次々に夢を与え、更にはそれを次々に現実にしてきた。超電導リニアもまた、現実になりつつある巨大な夢である。お年寄りから私たち学生まで、誰もが「想い出」にゆったりと浸れる車両と再会できる、豊富な展示のあるこの博物館で、「夢」についても、ゆっくりと考えを巡らせるのもよいかもしれない。

(早・宇佐美)

2012年11月30日金曜日

不健康な文化と健康な社会

初めて投稿させて頂きます。Xenakis48です。
Xenakisは、ギリシャ出身で主にフランスで活躍した建築家、作曲家のヤニス・クセナキスIannis Xenakisにちなみ、48は、彼の佳曲ST48と某国民的アイドルにかけています。

どういうことを書けばいいのか悩ましいところですが、今回は、前の記事で宇佐美さんが書いてらっしゃる「表現規制」のお話と近しいテーマになりますが、タイトルにもある通り「文化と健康」についてあまり深入りしないように(笑)、簡単に考えてみたいと思います。

2007年、ドイツ北部シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州都キールに置かれた「治療・健康調査センター」のReiner HanewinkelとGudrun Wiborgが、テレビでの喫煙シーンが喫煙率に与える影響を考察した論文„Verbreitung des Rauchens im deutschen Fernsehen“ を発表しました*。彼らによると、調査対象となった2005年当時、ZDFをはじめとしたドイツの主要なテレビ局が放映する番組全体のおよそ45%が1回以上の喫煙シーンを含んでいたそうです。続けて彼らは、喫煙シーンを多く含む映画を見た子どもの喫煙のリスクが高まることを指摘した研究を引き合いに出し、テレビでの喫煙描写に見直しを迫ります**。

日本でも同様の問題については長く議論が行われており、1998年にJTはテレビでの広告を終了しました。しかし日本禁煙学会の調査によれば、現在でもテレビ番組では多くの喫煙シーンが喫煙という行為を否定しない形で登場しており、これが喫煙を正当化させ喫煙開始の誘引になるという影響を与えている、とのことです。また、アメリカでは2007年にディズニーグループを初めとする映画会社が喫煙シーンをすべての映画から排除することを決定しました。

さて、これら規制の動きはどれも「喫煙行為が不健康であること」を根拠にしています。確かに「子ども」を引き合いに出されてしまうとなかなか反論しづらいところがありますが、それでは「不健康な行為」に至らせてしまう可能性のある表現はおよそ規制されるべきなのでしょうか。たとえば、殺人を扱った刑事もののドラマや暴力的な不良が主人公のドラマも、それが「不健康な行為」を誘発するのであれば規制されるのが正当なのでしょうか。確かに、ドイツでのナチスに関する法律のように「それが否定的描写であれば良い」という観点から規制されればそれらの表現がメディアから完全に駆逐されることはないでしょう。ですが、すべての犯罪者が法の裁きを受け更生し、すべての不良が優れた教師の指導の下に社会化されていく物語に満ちた世界、すなわちすべてがハッピーエンドの世界(タバコを吸っている「悪者」は禁煙して「真人間」になるか肺がんでとっとと死ぬ世界)、僕にはなんだか不気味に思えます。

これに対して、禁煙や分煙の推進派を非難する人々は、しばしば「喫煙行為が伝統文化である」と言ってその「敵」を攻撃します。ですが、少なくとも日本に限っていえば喫煙行為が大衆に広がったのはせいぜい100年かそこいらですし、それとて喫煙行為を称揚するような企業による広告や政府による軍人への配給といった「上からの意図」があったことは否めないでしょう。すなわちその(喫煙称揚派が言うところの)「伝統文化」をいまや規制する側に回ろうとしているのがそもそもその「伝統文化」を創出した側であるかもしれないのです。

とはいえこの「文化である」という反論はなかなかインパクトがあるようで、ドイツを初めとしたヨーロッパでは、この論理による反論をしばしば耳にしました。日本の喫煙であればケチも比較的つけやすいのですが(笑)、それが長い歴史をもっていたり、とりわけ宗教などと結びついているとなかなか難しい事態に陥ってしまいます。この難しさは、何も喫煙だけに限りません。

Josh Adamsの研究によれば、アメリカのメディアにTatoo(入れ墨),Piercing(ピアス),Body Modification(身体改造)といった単語が取り上げられる場合、80%以上の確立でネガティヴな表現が続くようです。それらは大抵「社会問題、病気、貧困、犯罪、暴力」といったものだそうです。ですが、冒頭の単語の前に「~族の」や「~教の」といった形容詞がついた場合、ネガティヴとポジティヴの比率が逆転、すなわち80%以上の確立で「興味深い、独特、歴史」といった表現が続きます。換言すれば、入れ墨やピアスはアメリカのメディアにおいては否定的なものですが、それが「文化」とつながる場合には肯定的なものへと転じるのです。

ですが、それらの「文化」は決して「健康的」ではありません。たとえば、アメリカで有名な俳優兼プロレスラーのザ・ロックことドゥエイン・ジョンソンの祖父ピーター・メイビアは、往年の名レスラーですが、自らの出身であるサモア族伝統の入れ墨を入れたことが原因で悪性の血液腫瘍を発症し早世します***。

このような危険を伴った「不健康な行為」も「文化」であれば、なかなか批判されづらい傾向にあるようです。もちろんアフリカ諸国の女児への性器割礼やアボリジニの男児への尿道割礼などには批判的な目も向けられていますが、一方でそれらへの介入が「文化を破壊してしまう」という声も少なくありません。

さて、だいぶ話が錯綜してまいりましたが(笑)、マーラーよろしく「喜びに満ちて緑の森を緩歩」しましたので、夜の帳が下りる前に森を抜けましょう。

僕のギモンは以下の2つです。

1.健康を理由にした規制はどの程度まで正当化できるのだろうか。
2.文化と健康の絡み合いに如何に関わっていけばいいのだろうか。

みなさまからご意見賜ることが出来れば幸いです。


*この論文を読んだとき最初に頭をよぎったのは、ドイツではある時間以降になると、有料ではないごく普通のチャンネルでポルノを放送する、ということでした。日本では到底考えられないことだったのでドイツ人の友人に尋ねたところ「この時間になれば子どもは寝ているから問題ないさ。それにもし見たとしても、あんまりハードなのはやってないから大丈夫だよ!」と言って笑っていました。一方でドイツ版の『クレヨンしんちゃん』ではしんちゃんの「ゾウさん」にモザイクがかけられていました(僕には逆に性的に思われたのですが・・・)。
もし日本の非有料放送がポルノを放映したらそれこそ大問題になるでしょう。ですが、しんちゃんの「ゾウさん」は確かに「下品である」という非難こそあれ、モザイクをかけるべきだ、と言った議論は聞いたことがありません。

**ドイツは、ナチスの反タバコ政策への反省があるのか、ヨーロッパのその他の国々と比べ喫煙に関しては比較的寛容な印象があります。街のいたるところに灰皿がありますし、レストランも分煙化された、とはいえオープン席ではごく普通にタバコを吸うことが出来ます。また、価格自体も他のヨーロッパ諸国と比べると割合安いです。

***孫のドゥエイン・ジョンソンもサモア式の入れ墨を入れていますが、近年は入れ墨も技術が上がってきており、そこまでの危険性は伴わなくなってきました。しかし、進歩する社会の反対物として描かれがちな入れ墨やピアスといったものが、その進歩する技術の恩恵を受けて以前より「安全」かつ「望んだ通り」に行われるのって、なんだか非常に弁証法的で面白いですね。
日本でも入れ墨や身体改造の愛好家たちが「自分たちは反社会的な存在ではない」ことをアピールして理解を(差別や奇異の目で見ることをやめるように)求めていますが、これって、「反社会的存在」としての主体化するために入れ墨をいれたり指を詰めたりしたアウトローの人たちにとってはエライ迷惑でしょうね。まあアウトローがわれわれにとっては迷惑なわけですが。

(Xenakis48)

2012年11月21日水曜日

『ふがいない僕は空を見た』のレーティングに関して

 11月17日(土)より公開されているタナダユキ監督作品『ふがいない僕は空を見た』*を鑑賞した。新聞各紙の映画評にも取り上げられているように、邦画の中では本年度有数の傑作である。
 (以下に於いてストーリーへの言及があることを予めご了承いただきたい。)この映画は、不倫関係にある男子高校生と専業主婦を主人公にした、人が生きているということのかけがえのなさを印象付ける作品である。高校生の母親は助産師であり、その仕事ぶりと、吐露する想いからは、人が生まれ生きているということそのこと自体への無条件の肯定を感じさせ、また主婦は姑からの強い初孫の期待を受けながら、苦痛を伴う不妊治療を受けている。人が生まれること、生きることに在る価値を、想起させる作品である。
 一方で、これは私が特にこの場でこの映画を取り上げる意味にも関わるが、作中における2人の主人公の不倫関係は、ある時点までひたすらにセックスで描写される。主婦はアニメのコスプレを趣味としており、映画の冒頭は2人のコスプレでの行為である。そして2人のセックスは、その本源的な目的であるはずの生殖とは関わらないものであり、不妊治療からの逃避であったり、性欲を満たすためであったり、後にはただ愛し合うが故のものであったりする。そしてそれが、上述の、人間が生まれること生きることそれ自体と切り離されてしまっているところが、登場人物たちが生きる上で、どうにもならない切なさとして感じられる。
 様々な困難や苦痛にぶつかりながら人が生きていくということを描いた作品であり、私は友人にも勧めたいと思いながら劇場を後にした。高校生を主人公とし、その友人も重要な登場人物であり、学校の様子を描写することから、高校生であってもこの映画から考えることは多いであろう。しかしながら、この作品をわざわざ文化政策の講義と関連付けられたこの場で話題にしたいのには、理由がある。それは、この作品が、日本のレーティングでは最も厳しいR18+の指定を受けているからである。かなり長く露出の多いセックスシーンがある為に指定を受けることは仕方のないこととも思えるが、一方で高校生を主人公とし、高校を舞台の一つとして展開される含意の多い物語でありながら、高校生の年齢にあたる人々の鑑賞を阻んでいることは、非常に勿体のないことであるように私は考えている。
 ホームページによると、映倫(映像倫理委員会:映画関係者の自主的な団体であるが、実際には規制や司法判断に対しての自主規制の役割を担うと考えられる)は「表現の自由を護り、青少年の健全な育成を目的」**としている。この映画における性的描写もまた、18歳未満の人々が観ると彼らの「健全な育成」の障害となるものとの審判であろう。しかしながら一方で、上に長々と私が映画に関して素人の立場から論評を試みたように、この作品のテーマは、人間が生まれること生きることそのものに関わっており、高校生が鑑賞してもそれに関してより思索を深められそうなものであり、性的なシーンもまた、上にも言及したように、登場人物たちの生き方を考える上での重要な描写である。この映画を高校生に見せるために、監督に性的なシーンを削った上で完成品として世に出すことを提案したら、それは却下されるであろうし、私もそのような改変が望ましいものとは思わない。更に言えば、そもそもこの作品に於いて高校生がセックスに関わることは、決して非現実的な描写ではなく、それが現実にも起こり得ることだからこそ、ここで描かれていると想像できる。であるとするならば、性的表現を取り上げての年齢制限が実際に「青少年の健全な育成」に寄与することができるかは疑わしい。そうでなくとも、少なくとも彼らが近い将来に於いて直面する問題に対して、何らかの含意があると考えることもできるのではなかろうか。
 私はこの映画を全年齢に開放すべきだと訴えかける積りはないし、性的な描写を含む全映画を高校生に開放せよと訴えている積りも全くない。ただ、私自身が大変感動し、多くの人に薦めたいと思った映画に対し、その中の表現を巡って年齢制限がかけられており、そしてその表現が、作品の重要な意味を与えているものであると考えた為、ここで問題を提起したものである。この映画に年齢制限をかけることは、健全な「青少年」の育成の為かもしれないが、それは、その育成の対象となる人々の、人生に関する思索の機会を奪っている点で、少し勿体ないと、私は思うのである。

*2012、日本映画。テアトル新宿他で公開中。劇場公開版はR18+指定。二次市場向けの再編集版ではR15+指定を受けた。
**映倫ホームページ。http://eirin.jp/。2012年11月21日参照。

(早・宇佐美)

2012年11月16日金曜日

God Save the Queen

みなさまこんにちは。はじめて投稿させていただきます。早稲田大学大学院政治学科政治思想領域博士課程のsararaと申します。

小林真理先生の「文化政策」の授業を毎週とても楽しみに受講しています。先生の講義内容は、領域は異なるのですが私自身の従来の興味関心と重なる部分も多く、いつも刺激をいただいています。

文化政策が、フランス革命以降の芸術の民主主義化、とりわけ「民衆のための劇場」の構想にまで遡るというお話は特に興味深いです。大衆は国家の思惑からある種の官製文化を押し付けられているわけですが、それをしたたかに換骨奪胎して真の大衆の芸術に仕立て上げたというケースもあるのではないでしょうか。こんなことを考えたのは、文部省唱歌を分析した渡辺裕『歌う国民 唱歌、校歌、うたごえ』(中公新書)を読んだからなのですが。

ところで、歌う国民ということで言えば、1970年代に英国のふたつのロックバンドQueenとSex Pistolsが、ほぼ同時期に、God Save the Queen という曲をリリースしていることはよく知られています。クィーンのほうは正真正銘のイギリス国歌を最高傑作といわれるアルバム『オペラ座の夜』のフィナーレとして演奏しているのですが、ピストルズのほうはパンクロックの真骨頂という曲と王室やエリザベス女王を侮辱していると言われる歌詞とで物議をかもした代物です。ちなみに冒頭の歌詞はこんな感じです。

God save the Queen, her Fascist regime
It made you a moron, potential H-bomb

God save the Queen, she ain't no human being
There is no future, in England’s dreaming

今年、そのピストルズのGod Save the Queenがロンドン・オリンピックの開会式の音楽にイントロと最初のフレーズだけカットインする形でリミックスされていたことで、再び話題になりました。プロデューサー(『トレインスポッティング』の監督ダニー・ボイル)の遊び心もしくは何らかの意図の表れだったのでしょうが、エリザベス女王その人もいらっしゃる会場でいわくつきのパンク版国歌を流すとは。

パンクロックが英国文化の一部であることを印象づけた出来事でした。ボイルの冒険心に私は感銘を受けましたが、反抗的でオルターナティブな文化をも呑み込み同一化して英国文化という財を拡大させ、国家の活性化に利用しようというしたたかな文化政策なのかもしれないとも感じました。

ちなみにamazon.co.jpでは7インチ・アナログが8000円くらいで売っているようです。
http://www.amazon.co.jp/God-Save-Queen-inch-Analog/dp/B000UR1GV0

(早・sarara)

2012年9月13日木曜日

みなさま

こんにちは。
芸大のkalingaこと畑まりあと申します。
まだ暑い日が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。
このブログにて、「野点in大槌」開催のご案内をさせてください。

岩手県の大槌町といえば、3.11による被災の状況がメディアで数多く取り上げられたので、
みなさんの中でも、大槌という町の名前をよく聞いたことがあるという方もいらっしゃると思います。
今年の2月から企画の開催が決定し、現在に至るまで、地元の人をすこしずつ巻き込みながら、準備してきました。

東京からはやはり遠いですが、もし関心がありましたら是非いらしてください。
質問などありましたら、お気軽に畑までご連絡ください。
marianflowers@hotmail.com

以下、案内文です。
よろしくお願いいたします。

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きむらとしろうじんじん「野点」この秋、大槌にて開催!

お茶碗に絵付けをしたり、お茶を飲みながらおしゃべりしたり。
地域の方によるカフェや湧水ツアーなど、お楽しみ企画も乞うご期待。
いろとりどりのお茶碗に囲まれながら、大槌の魅力を味わいに来ませんか?


きむらとしろうじんじんの「野点(のだて)」とは?----------------
陶芸+お抹茶屋台です。素焼きのお茶碗をひとつ選び絵付けをし、
樂焼き(らくやき)という方法で焼き上げられた自作のお茶碗で
お茶をお楽しみいただけます。
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【開催概要】

日程・場所・テーマ:9月29日(土)常楽院(大槌町赤浜1)
                 「ひょうたん島を、語りたい。〜海を眺めながら〜」
          10月3日(水)桜木町児童公園(大槌町桜木桜木町西側突き当り)
                 「桜木町で、逢いましょう。〜公園カフェ〜」
          10月7日(日)大槌駅前広場(大槌町本町1-1)
                 「駅から湧水、徒歩5分。〜カフェや音楽やパフォーマンス〜」

開催場所地図:http://goo.gl/maps/Q2zUe
          
※全日雨天決行です。ただし、荒天の場合は、場所を変更したり・中止する場合がありますので当日お問い合わせ下さい。

開催時間:11時頃から日暮れまで

お茶碗絵付:1個 1500円
お抹茶:1杯 300円
※お茶碗をつくる場合の所要時間は、約40分以上です。
※1日につき35個限定なので、売り切れの場合はお許し下さい。


【大槌(釜石)までのアクセス】

◉JR東北新幹線 新花巻駅、または東北本線花巻駅乗り換え 釜石線で釜石駅下車。

◉夜行高速バス
 [遠野・釜石号](岩手県交通)
 東京(池袋・秋葉原・上野)発、大槌バイパス着
 
国際興業バスHP:http://5931bus.com/kosoku/tono-kesen.html


【釜石駅から開催場所までのアクセス】

 岩手県交通バス 赤浜・波板線にて大槌方面へ。

◆常楽院
 釜石駅前乗車(岩手県交通バス)―赤浜で降車。
 赤浜停留所より徒歩。

◆桜木町児童公園
 釜石駅前乗車(岩手県交通バス)―マスト前で降車。
 マスト前(大槌町民バス)―桜木町公園前で降車。
 桜木町公園前停留所より徒歩。

◆常楽院
 釜石駅前乗車(岩手県交通バス)―中央公民館入口で降車。
 中央公民館入口停留所より徒歩。

 岩手県交通バス 赤浜・浪板線 時刻表
 http://www.iwatekenkotsu.co.jp/rosen-jikoku/morioka/110314pdf/engann/20120401/kamaishi-yamada(20120401).pdf

 大槌町民バス時刻表
 http://www.town.otsuchi.iwate.jp/docs/2012020100026/
 ※バスの本数が少ないため、事前にご確認下さい。

 ☆高速バスでお越しの際は、<大槌バイパス停留所>より<マスト前停留所>まで徒歩で移動可能です。
  <マスト前停留所>から岩手県交通バス・大槌町民バスをご利用いただけます。
 
 ☆上記の他、釜石駅前にてレンタカーのご利用をお薦めいたします。


【お問い合わせ先】
  ひょっこりひょうたん塾 事務局
 〒028-1131 岩手県上閉伊郡大槌町大槌24-24-2
 Email:hyotanjuku@gmail.com
 Tel:090-6229-4621
HP:http://hyotanjuku.jimdo.com/


主催:ひょっこりひょうたん塾、大槌町、東京都、東京文化発信プロジェクト室(公益財団法人東京都歴史文化財団)、
   特定非営利活動法人いわて連携復興センター
協力:一般社団法人谷中のおかって、東京藝術大学熊倉研究室
   ※ 本事業は Art Support Tohoku-Tokyo(東京都による芸術文化を活用した被災地支援事業)です。
   ※平成24年度科学研究費基盤(A)(1)「社会システム<芸術>とその変容」補助事業
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(芸・kalinga)

2012年8月8日水曜日

ラジオとテレビで 予約会員の数を伸ばす

皆さん、はじめまして、青山学院大学M1のスウです。
中国からの留学生です。日本語の勉強は3年目に入りましたが、変な日本語はまたたくさんを使っています。
もし間違えた日本語をつかったら、皆さんはご許しください。
「青・さいとう」さんが紹介した通り、青学の「文化行政制度論」前期最後の授業で、「予約会員獲得のすすめ」この本からテーマを取ってディスカッションしました。
私は本の20章「ラジオ・テレビの公共サービス時間はありがたい」に興味を持って、詳しく読んでまとめました。
このまとめた内容を皆さんに紹介したいです。

今の時代、ラジオとテレビ膨大な視聴者数を持っているので、ラジオやテレビが舞台芸術団体の会員募集キャンーペンにとって大きな力になり得る。
本によって、舞台芸術団体はラジオやテレビを利用する方法は2がある:
1. 地元のラジオ・テレビ局から無料サービスを取り付ける。
アメリカの通信委員会は、ラジオ、テレビの放送事業者に免許を与える際に、非営利団体のために公共の役に立つ情報を提供するために放送時間を割くことを奨励する。芸術団体はこの無料の時間帯を利用して、会員募集のキャンペンを展開する。
しかし、この時間を得る競争がとても激しい。団体側は会員募集キャンペーンに関連した出来事について、ラジオ・テレビ局の担当者宛に絶えずニュースを送らなければならない。
2.芸術団体は商業局との協力

(1)非営利団体に特別割引を提供してくれる商業局で有料のスポットを流す。
a) お知らせを流してもらう放送局に手数料を払って、会員募集を委託するという方法もある。
b) 希望者は電話か郵便で放送局に申し込み、放送局は自局が直接集めた入会申し込みの総額に対して一定の手数料を受ける。
芸術団体は商業局に支払う手数料は僅かなものであるが、なぜ商業局は芸術団体に協力するの?
それは、劇団(他の芸術団体も同じ)というのはいつも自分の商品がなかなか売れないで困っている商売だが、その会員募集という難しい仕事を引き受けて、自局の販売力を潜在スポンサーに見せ付けたいである。

(2)スポットの回数に応じて会員券を提供するというやり方:放送局はその券を自局  
が主催する何かのコンテストの商品にしたり、スポンサーへのギフトとして利用する。(売れ残るだけの券を提供するのだから、失うものは何もない。)

(3)芸術団体は商業局との協力し、イベントを行う。この中に、最も注目されるのは「テレソン」と「ラジソン」(「テレソン」は中断することなく長時間放送されるテレビ番組。ふつう、慈善募金用の番組や選挙番組で行われる。ラジオの場合は「ラジソン」である。)
 日本に「テレソン」といえば、憶えだすのは慈善のための「24時間テレビ」(NTV)とFNS27時間テレビ(CX)などである。芸術団体が芸術団体募金(会員募集)のための「テレソン」はあまりない。アメリカには、そういう「テレソン」はたくさんあります。(おーグランド交響楽団の「シリーズ・チケット・テレソン」など)「テレソン」と「ラジソン」を通じて、予約会員の数は多く伸びた上に、単券売りさえ活気作り、潜在客層も発見された。

テレビやラジオを利用して、予約会員を募集(寄付を集める)場合には、例のイメージ広告的なアプローチは避けたほうがいい。代わりに、「舞台芸術を支援しよう」といったあいまいなメッセージを使ったら、いい効果が出る。
今日、ラジオやテレビを利用するのプロモーションは、芸術にとって不可欠である。もちろん問題はいろいろある。まずはテレビ局(ラジオ)を引き込むことから。


この章の中に、一番興味深い内容は「テレソン」と「ラジソン」というイベントで芸術のことを宣伝するところです。慈善のための「テレソン」はたくさんありますが、日本と中国芸術のための「テレソン」はあまりないです。アメリカとヨーロッパはどうやって成功しましたか?
「テレソン」に詳しい方がいらっしゃったら、ぜひ教えてください。

青・スウ

2012年8月6日月曜日

『予約会員獲得のすすめ-奇跡をよぶ財政安定化マニュアル』

本の紹介です★
青学の「文化行政制度論」前期最後の授業で、この本からテーマを取ってディスカッションしました。

★『予約会員獲得のすすめ-奇跡をよぶ財政安定化マニュアル』(著者:ダニー・シューマン、発行:芸団協出版部、2001年)

タイトルにある「予約会員」とは、一年間や半年など、公演のシーズンなどと呼ばれる、一定の期間内に上演される複数公演全てに来場することを前提として、一括で複数公演のチケットを購入(セット券、シーズンチケットなどとも言います。)する人、またはそういう人を囲い込む制度(メンバーシップ、友の会などと言います。)に入っている特定の客層を指します。

本の副題に「財政安定化」という言葉がありますが、毎年一定の時期にまとまったチケット収入を見込めるこの方法は、
興行団体、劇場などにとって公演の売り上げ予測を立てることは言わずもがな、最大のメリットとして一度に大きなお金を得られる点にあります!!!

30章ある中で、特に「チケット売場で予約会員にどう対応するか-予約の変更」の章が興味深く、日頃の自分の仕事(チケット管理、票券担当などと言い、チケットに関する全ての作業と管理を行います。)と併せて、予約会員を対象としてはいるものの、直接的な対面の場における接客の心構えについて、再度確認する内容だと感じました。

公演当日の入口に設置する受付テーブルにいらっしゃるお客様は、当日券購入、予約済みチケットの引き取りや精算、招待者へのチケットとパンフレット渡し+挨拶、チケット紛失や忘れ等の対応、既に持っているチケットを別の席に変更希望など、事前に予測できる対応とその場の判断が求められるケースがありますが、全ては「劇場での時間を楽しく過ごす」ことに集約され、その目標を達成するため、団体や劇場のルールや考え方をベースに丁寧さや誠実さなどが個別対応として重要になり、もてなされている実感やチケット代を払って鑑賞経験を得ることへの納得、満足等に繋がるのだと振り返りました。(私自身は、チケット料金の高低に関わらずこの気持ちが大切だと考えています★)
(青・さいとう)








2012年8月1日水曜日

観劇とドレスコード

はじめまして。お茶大のSSと申します。よろしくお願いいたします。

突然ですが、皆さんは劇場に観劇、または音楽会などに行く際、「何を着ていこうか?」と普段悩んだりはしますか?

そして実際、どのような服装で行かれますか?



私は先日あるクラシックのコンサートを観に東京文化会館へ出向きました。その日は某音楽大学の学生達が団体で観劇に来ていたようなのですが、その学生達の服装に私は思わず目が点になってしまったのです…。

Tシャツに半ズボンにビーチサンダルの男子学生達がぞろぞろ。キャミソールに短パンにサンダルの女子学生達がぞろぞろ。
正直言って、そのまま海に行けるのでは…?という服装の学生達がたくさんいて、(もちろん全員がそうだったという訳ではありませんが…)一部からは、日本のムジーク・フェラインとも称される東京文化会館のホワイエにはあまりに似つかわしくない光景だ、と私は感じました。


私が劇場に出向いてこのように感じたのはこのときが初めてではありません。年間少なくとも15回近くは劇場に行っていますが、毎回首をひねりたくなるような服装をした観客を目にします。

以前、某音楽大学に通う友人と観劇に行った際、彼女の服装はデニムの短パンにサンダルでした。私は、音大の学生のくせに(言葉が悪いですが)そんな格好で来るのか!!と勝手に怒りを覚え、彼女に「劇場に来るのにその格好なの?」と尋ねたことがあります。その時の彼女の回答はこうでした。


「私はそういうの気にしないから」


当時、その回答にもなんとも言えない怒りを覚えたのですが、私は彼女にそれ以上何も言い返せなかったのです。
というのは、私が何に対してそこまで怒りを覚えているのかがはっきりと分からなかったからです。

そして今でもなぜ私が観劇の際の服装に関して毎回憤りを覚えるのか、はっきりと説明がつきません。


そこで、皆さんの中に同じように感じている方がいらっしゃらないか?そういう方はなぜそのように感じているのか、意見を伺いたいと思い投稿させていただきました。


私は劇場に観劇に行く際、何を着ていこうか、と毎回少し悩みます。

というのは、あまりにひどい格好で行くのは、舞台で精一杯パフォーマンスをされている方に失礼だと思うからです。

でも、デニムは失礼だけどスーツなら失礼じゃないのか、と言われると何も言い返せません。
そういう問題じゃない!と言いたいところですが、「私はそういうの気にしないから」という人にとっては、問題はそこなのでしょう。


劇場芸術の観劇料はかなり高額なため、劇場芸術は敷居が高いと感じている方も多いと思います。

しかし、一方でその敷居の高さに魅力を感じているという方も多いのではないでしょうか?

そういう方たちにとって、高いお金を出してチケットを買い、ちょっとおしゃれをして出かけ、素敵なレストランで早めのディナーを楽しみ、休憩にはシャンパンで乾杯し、最高のパフォーマンスを観て帰宅する…というような、一連をすべて終えたところで「観劇を楽しんだ」と感じているのではないでしょうか?


現実的に、そういった人たちのみをターゲットにした芸術というのは成り立っていかないでしょう。NBSが格安の学生券やエコノミー券などを販売し、敷居が高いと思われる劇場芸術が一般の人にとってすこしでも身近になることは、芸術家にとっても芸術振興の意味でも非常にプラスになることです。

しかし、だからといってその芸術鑑賞の場が環境がガラッと変わってしまう事はプラスではないと私は思います。


西洋では、劇場にといえばかつては上流階級の人々が赴く場所であり、現在でもドレスコードがついていて、劇場に相応しくない服装の人は注意を受け、入場できない場合も多くあります。
しかし時代と共にファッションも変化し、「劇場に相応しくない服装」を見極めるのは難しく、観客と揉めるケースもある、と英国ロンドンのロイヤルオペラハウスに勤める友人が話をしていました。


デニムが悪くてスーツが良いとは思いません。

でも、劇場に芸術鑑賞をする際にはやはり「劇場に相応しい服装」で行って欲しいと思ってしまうのは私の考えが古いのでしょうか?


皆さんはどう思いますか?


(茶・SS)




2012年7月31日火曜日

つながりのコミュニティ

みなさん、こんばんは。芸・nbkmです。
ブログを通して、さまざまな意見交換が行われていて、非常に興味深く参加させていただいています。

私の所属する研究室では、文化・芸術と社会課題との関わりも、研究の焦点となっています。
何より、学生が運営を担うプロジェクト全てがそのような側面を持っています。

そういった関心から出会ったある本を紹介したいと思います。

佐藤友美子・土井勉・平塚伸治『つながりのコミュニティ 人と地域が「生きる」かたち』(岩波書店、2011年)です。

コミュニティ論なのですが、新たなコミュニティのあり方として紹介されている事例には、
「アトリエ インカーブ」や「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」なども紹介されています。
事例検証を踏まえて、現在コミュニティというものがどのように機能しているのかについて書かれているものです。

インカーブの事例では、障害者と社会をつなぐものとしてのアート、
越後妻有の事例では、土地の人、外部の人をつなぐものとしてのアートということで、
人と地域が「生きる」かたちを形成していくための重要な資源としてアートが取り上げられていました。

私たちの研究室で行っているプロジェクトにおいても、起こせる何かは小規模かもしれませんが、
アートが地域に関わる意味が非常に大きいことは間違いありません。
「コト」を仕掛ける側にいる我々にとって、アートと地域が関わることにどのような意味があるのが、
それによって何がもたらされるのか、地域の人々にその地域の資源として受け止めてもらえるのか、
といったことを考えることは非常に重要です。

この本は、実践を主軸におく我々にとっては、そこに起きた現象をどのように言語化するかのヒントになるし、
研究を主軸におく方々にとっても、今どういう現象が起きているのかを、実践的視点から知ることができるので、
非常に興味深いのではないかと思います。
3.11以降に出版された本なので、被災した後の社会のことも考慮してあると思います。

ぜひ読んでみていただけると嬉しいです。


(芸・nbkm)

一体感のあるコンクール

はじめまして、茶・umeです。

遅れをとりまして、本日初コメント・初投稿になってしまいましたが、みなさんのご投稿とても興味深く、記事を拝読し楽しくコメントさせていただきました!


今回は、先日スタッフとしてお手伝いに伺った、とある日本歌曲のコンクールについて、印象的だったことを中心に書きたいと思います。


当コンクールは平成2年に発足し、出場者は228人と極めて多く、その年齢層は20歳代~80歳代と幅広く、参加者の所属もさまざまです。実際に行ってみるまで、このように広くながく親しまれている秘訣は何なのだろう、と考えていました。コンクールというと、競争の場であるために、クリティカルな視線が飛び交い、会場全体が独特の緊張感で満たされていると想像する方も少なくないのではないでしょうか。しかし、実際にスタッフとして参加してみると、上述の通り多数の出場者の中でハイレヴェルな争いが繰り広げられるにもかかわらず、単に技術を競うだけでなく、全体が一体となって、日本歌曲を楽しみ探究しようとする一体感のある催しであるように感じました。


実際に現場でふれあってみて肌で感じたのは、その場に集っている人々の目的はさまざまですが(個人的なことも含むので詳細は割愛します)、しかし音楽に対して心から取り組もうとする姿勢であるということは共通している、ということです。とりわけ、他の出場者の歌唱に合わせて小さく口ずさみ、「この曲好きなんだ。来年はこれにしようかな。」とおっしゃっていた方や、歌い終わった後に、溌剌と「やっぱり歌うっていいことね。ぼけ防止にもなるわ!」とおっしゃっていた方が印象的でした。

また、出場者がその場でどのようなことを疑問・不安に思うか、等を考えながら行動するよう心がけましたが、それとは逆に、参加者の人柄や温かな雰囲気のおかげで会が円滑に進み、それぞれの相互作用の上で成り立っているということも、身を以て体験しました。


私が今回お手伝いさせていただいたこのコンクールは、20年以上にわたって培われてきたコンクールの伝統と、企画・運営者のご尽力、人々の交流・連帯感が作用し、コンクールという競争の場にとどまらずに、普段さかざまなコミュニティーに属する人々が集い、それぞれに音楽を追求しながら、全体で一体となって日本歌曲を味わい醸成していくような場として機能しているということが、素晴らしい特色であると感じました。日本においては、とても希少なものなのではないかと推測しますが、どう思われますか。

このコンクールのような性格を有した催し物をご存知の方は教えていただきたいです!(茶・ume)