みなさま
こんにちは。
芸大のkalingaこと畑まりあと申します。
まだ暑い日が続いていますが、いかがお過ごしでしょうか。
このブログにて、「野点in大槌」開催のご案内をさせてください。
岩手県の大槌町といえば、3.11による被災の状況がメディアで数多く取り上げられたので、
みなさんの中でも、大槌という町の名前をよく聞いたことがあるという方もいらっしゃると思います。
今年の2月から企画の開催が決定し、現在に至るまで、地元の人をすこしずつ巻き込みながら、準備してきました。
東京からはやはり遠いですが、もし関心がありましたら是非いらしてください。
質問などありましたら、お気軽に畑までご連絡ください。
marianflowers@hotmail.com
以下、案内文です。
よろしくお願いいたします。
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きむらとしろうじんじん「野点」この秋、大槌にて開催!
お茶碗に絵付けをしたり、お茶を飲みながらおしゃべりしたり。
地域の方によるカフェや湧水ツアーなど、お楽しみ企画も乞うご期待。
いろとりどりのお茶碗に囲まれながら、大槌の魅力を味わいに来ませんか?
きむらとしろうじんじんの「野点(のだて)」とは?----------------
陶芸+お抹茶屋台です。素焼きのお茶碗をひとつ選び絵付けをし、
樂焼き(らくやき)という方法で焼き上げられた自作のお茶碗で
お茶をお楽しみいただけます。
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【開催概要】
日程・場所・テーマ:9月29日(土)常楽院(大槌町赤浜1)
「ひょうたん島を、語りたい。〜海を眺めながら〜」
10月3日(水)桜木町児童公園(大槌町桜木桜木町西側突き当り)
「桜木町で、逢いましょう。〜公園カフェ〜」
10月7日(日)大槌駅前広場(大槌町本町1-1)
「駅から湧水、徒歩5分。〜カフェや音楽やパフォーマンス〜」
開催場所地図:http://goo.gl/maps/Q2zUe
※全日雨天決行です。ただし、荒天の場合は、場所を変更したり・中止する場合がありますので当日お問い合わせ下さい。
開催時間:11時頃から日暮れまで
お茶碗絵付:1個 1500円
お抹茶:1杯 300円
※お茶碗をつくる場合の所要時間は、約40分以上です。
※1日につき35個限定なので、売り切れの場合はお許し下さい。
【大槌(釜石)までのアクセス】
◉JR東北新幹線 新花巻駅、または東北本線花巻駅乗り換え 釜石線で釜石駅下車。
◉夜行高速バス
[遠野・釜石号](岩手県交通)
東京(池袋・秋葉原・上野)発、大槌バイパス着
国際興業バスHP:http://5931bus.com/kosoku/tono-kesen.html
【釜石駅から開催場所までのアクセス】
岩手県交通バス 赤浜・波板線にて大槌方面へ。
◆常楽院
釜石駅前乗車(岩手県交通バス)―赤浜で降車。
赤浜停留所より徒歩。
◆桜木町児童公園
釜石駅前乗車(岩手県交通バス)―マスト前で降車。
マスト前(大槌町民バス)―桜木町公園前で降車。
桜木町公園前停留所より徒歩。
◆常楽院
釜石駅前乗車(岩手県交通バス)―中央公民館入口で降車。
中央公民館入口停留所より徒歩。
岩手県交通バス 赤浜・浪板線 時刻表
http://www.iwatekenkotsu.co.jp/rosen-jikoku/morioka/110314pdf/engann/20120401/kamaishi-yamada(20120401).pdf
大槌町民バス時刻表
http://www.town.otsuchi.iwate.jp/docs/2012020100026/
※バスの本数が少ないため、事前にご確認下さい。
☆高速バスでお越しの際は、<大槌バイパス停留所>より<マスト前停留所>まで徒歩で移動可能です。
<マスト前停留所>から岩手県交通バス・大槌町民バスをご利用いただけます。
☆上記の他、釜石駅前にてレンタカーのご利用をお薦めいたします。
【お問い合わせ先】
ひょっこりひょうたん塾 事務局
〒028-1131 岩手県上閉伊郡大槌町大槌24-24-2
Email:hyotanjuku@gmail.com
Tel:090-6229-4621
HP:http://hyotanjuku.jimdo.com/
主催:ひょっこりひょうたん塾、大槌町、東京都、東京文化発信プロジェクト室(公益財団法人東京都歴史文化財団)、
特定非営利活動法人いわて連携復興センター
協力:一般社団法人谷中のおかって、東京藝術大学熊倉研究室
※ 本事業は Art Support Tohoku-Tokyo(東京都による芸術文化を活用した被災地支援事業)です。
※平成24年度科学研究費基盤(A)(1)「社会システム<芸術>とその変容」補助事業
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(芸・kalinga)
2012年9月13日木曜日
2012年8月8日水曜日
ラジオとテレビで 予約会員の数を伸ばす
皆さん、はじめまして、青山学院大学M1のスウです。
中国からの留学生です。日本語の勉強は3年目に入りましたが、変な日本語はまたたくさんを使っています。
もし間違えた日本語をつかったら、皆さんはご許しください。
「青・さいとう」さんが紹介した通り、青学の「文化行政制度論」前期最後の授業で、「予約会員獲得のすすめ」この本からテーマを取ってディスカッションしました。
私は本の20章「ラジオ・テレビの公共サービス時間はありがたい」に興味を持って、詳しく読んでまとめました。
このまとめた内容を皆さんに紹介したいです。
今の時代、ラジオとテレビ膨大な視聴者数を持っているので、ラジオやテレビが舞台芸術団体の会員募集キャンーペンにとって大きな力になり得る。
本によって、舞台芸術団体はラジオやテレビを利用する方法は2がある:
1. 地元のラジオ・テレビ局から無料サービスを取り付ける。
アメリカの通信委員会は、ラジオ、テレビの放送事業者に免許を与える際に、非営利団体のために公共の役に立つ情報を提供するために放送時間を割くことを奨励する。芸術団体はこの無料の時間帯を利用して、会員募集のキャンペンを展開する。
しかし、この時間を得る競争がとても激しい。団体側は会員募集キャンペーンに関連した出来事について、ラジオ・テレビ局の担当者宛に絶えずニュースを送らなければならない。
2.芸術団体は商業局との協力
(1)非営利団体に特別割引を提供してくれる商業局で有料のスポットを流す。
a) お知らせを流してもらう放送局に手数料を払って、会員募集を委託するという方法もある。
b) 希望者は電話か郵便で放送局に申し込み、放送局は自局が直接集めた入会申し込みの総額に対して一定の手数料を受ける。
芸術団体は商業局に支払う手数料は僅かなものであるが、なぜ商業局は芸術団体に協力するの?
それは、劇団(他の芸術団体も同じ)というのはいつも自分の商品がなかなか売れないで困っている商売だが、その会員募集という難しい仕事を引き受けて、自局の販売力を潜在スポンサーに見せ付けたいである。
(2)スポットの回数に応じて会員券を提供するというやり方:放送局はその券を自局
が主催する何かのコンテストの商品にしたり、スポンサーへのギフトとして利用する。(売れ残るだけの券を提供するのだから、失うものは何もない。)
(3)芸術団体は商業局との協力し、イベントを行う。この中に、最も注目されるのは「テレソン」と「ラジソン」(「テレソン」は中断することなく長時間放送されるテレビ番組。ふつう、慈善募金用の番組や選挙番組で行われる。ラジオの場合は「ラジソン」である。)
日本に「テレソン」といえば、憶えだすのは慈善のための「24時間テレビ」(NTV)とFNS27時間テレビ(CX)などである。芸術団体が芸術団体募金(会員募集)のための「テレソン」はあまりない。アメリカには、そういう「テレソン」はたくさんあります。(おーグランド交響楽団の「シリーズ・チケット・テレソン」など)「テレソン」と「ラジソン」を通じて、予約会員の数は多く伸びた上に、単券売りさえ活気作り、潜在客層も発見された。
テレビやラジオを利用して、予約会員を募集(寄付を集める)場合には、例のイメージ広告的なアプローチは避けたほうがいい。代わりに、「舞台芸術を支援しよう」といったあいまいなメッセージを使ったら、いい効果が出る。
今日、ラジオやテレビを利用するのプロモーションは、芸術にとって不可欠である。もちろん問題はいろいろある。まずはテレビ局(ラジオ)を引き込むことから。
この章の中に、一番興味深い内容は「テレソン」と「ラジソン」というイベントで芸術のことを宣伝するところです。慈善のための「テレソン」はたくさんありますが、日本と中国芸術のための「テレソン」はあまりないです。アメリカとヨーロッパはどうやって成功しましたか?
「テレソン」に詳しい方がいらっしゃったら、ぜひ教えてください。
青・スウ
中国からの留学生です。日本語の勉強は3年目に入りましたが、変な日本語はまたたくさんを使っています。
もし間違えた日本語をつかったら、皆さんはご許しください。
「青・さいとう」さんが紹介した通り、青学の「文化行政制度論」前期最後の授業で、「予約会員獲得のすすめ」この本からテーマを取ってディスカッションしました。
私は本の20章「ラジオ・テレビの公共サービス時間はありがたい」に興味を持って、詳しく読んでまとめました。
このまとめた内容を皆さんに紹介したいです。
今の時代、ラジオとテレビ膨大な視聴者数を持っているので、ラジオやテレビが舞台芸術団体の会員募集キャンーペンにとって大きな力になり得る。
本によって、舞台芸術団体はラジオやテレビを利用する方法は2がある:
1. 地元のラジオ・テレビ局から無料サービスを取り付ける。
アメリカの通信委員会は、ラジオ、テレビの放送事業者に免許を与える際に、非営利団体のために公共の役に立つ情報を提供するために放送時間を割くことを奨励する。芸術団体はこの無料の時間帯を利用して、会員募集のキャンペンを展開する。
しかし、この時間を得る競争がとても激しい。団体側は会員募集キャンペーンに関連した出来事について、ラジオ・テレビ局の担当者宛に絶えずニュースを送らなければならない。
2.芸術団体は商業局との協力
(1)非営利団体に特別割引を提供してくれる商業局で有料のスポットを流す。
a) お知らせを流してもらう放送局に手数料を払って、会員募集を委託するという方法もある。
b) 希望者は電話か郵便で放送局に申し込み、放送局は自局が直接集めた入会申し込みの総額に対して一定の手数料を受ける。
芸術団体は商業局に支払う手数料は僅かなものであるが、なぜ商業局は芸術団体に協力するの?
それは、劇団(他の芸術団体も同じ)というのはいつも自分の商品がなかなか売れないで困っている商売だが、その会員募集という難しい仕事を引き受けて、自局の販売力を潜在スポンサーに見せ付けたいである。
(2)スポットの回数に応じて会員券を提供するというやり方:放送局はその券を自局
が主催する何かのコンテストの商品にしたり、スポンサーへのギフトとして利用する。(売れ残るだけの券を提供するのだから、失うものは何もない。)
(3)芸術団体は商業局との協力し、イベントを行う。この中に、最も注目されるのは「テレソン」と「ラジソン」(「テレソン」は中断することなく長時間放送されるテレビ番組。ふつう、慈善募金用の番組や選挙番組で行われる。ラジオの場合は「ラジソン」である。)
日本に「テレソン」といえば、憶えだすのは慈善のための「24時間テレビ」(NTV)とFNS27時間テレビ(CX)などである。芸術団体が芸術団体募金(会員募集)のための「テレソン」はあまりない。アメリカには、そういう「テレソン」はたくさんあります。(おーグランド交響楽団の「シリーズ・チケット・テレソン」など)「テレソン」と「ラジソン」を通じて、予約会員の数は多く伸びた上に、単券売りさえ活気作り、潜在客層も発見された。
テレビやラジオを利用して、予約会員を募集(寄付を集める)場合には、例のイメージ広告的なアプローチは避けたほうがいい。代わりに、「舞台芸術を支援しよう」といったあいまいなメッセージを使ったら、いい効果が出る。
今日、ラジオやテレビを利用するのプロモーションは、芸術にとって不可欠である。もちろん問題はいろいろある。まずはテレビ局(ラジオ)を引き込むことから。
この章の中に、一番興味深い内容は「テレソン」と「ラジソン」というイベントで芸術のことを宣伝するところです。慈善のための「テレソン」はたくさんありますが、日本と中国芸術のための「テレソン」はあまりないです。アメリカとヨーロッパはどうやって成功しましたか?
「テレソン」に詳しい方がいらっしゃったら、ぜひ教えてください。
青・スウ
2012年8月6日月曜日
『予約会員獲得のすすめ-奇跡をよぶ財政安定化マニュアル』
本の紹介です★
青学の「文化行政制度論」前期最後の授業で、この本からテーマを取ってディスカッションしました。
★『予約会員獲得のすすめ-奇跡をよぶ財政安定化マニュアル』(著者:ダニー・シューマン、発行:芸団協出版部、2001年)
タイトルにある「予約会員」とは、一年間や半年など、公演のシーズンなどと呼ばれる、一定の期間内に上演される複数公演全てに来場することを前提として、一括で複数公演のチケットを購入(セット券、シーズンチケットなどとも言います。)する人、またはそういう人を囲い込む制度(メンバーシップ、友の会などと言います。)に入っている特定の客層を指します。
本の副題に「財政安定化」という言葉がありますが、毎年一定の時期にまとまったチケット収入を見込めるこの方法は、
興行団体、劇場などにとって公演の売り上げ予測を立てることは言わずもがな、最大のメリットとして一度に大きなお金を得られる点にあります!!!
30章ある中で、特に「チケット売場で予約会員にどう対応するか-予約の変更」の章が興味深く、日頃の自分の仕事(チケット管理、票券担当などと言い、チケットに関する全ての作業と管理を行います。)と併せて、予約会員を対象としてはいるものの、直接的な対面の場における接客の心構えについて、再度確認する内容だと感じました。
公演当日の入口に設置する受付テーブルにいらっしゃるお客様は、当日券購入、予約済みチケットの引き取りや精算、招待者へのチケットとパンフレット渡し+挨拶、チケット紛失や忘れ等の対応、既に持っているチケットを別の席に変更希望など、事前に予測できる対応とその場の判断が求められるケースがありますが、全ては「劇場での時間を楽しく過ごす」ことに集約され、その目標を達成するため、団体や劇場のルールや考え方をベースに丁寧さや誠実さなどが個別対応として重要になり、もてなされている実感やチケット代を払って鑑賞経験を得ることへの納得、満足等に繋がるのだと振り返りました。(私自身は、チケット料金の高低に関わらずこの気持ちが大切だと考えています★)
(青・さいとう)
青学の「文化行政制度論」前期最後の授業で、この本からテーマを取ってディスカッションしました。
★『予約会員獲得のすすめ-奇跡をよぶ財政安定化マニュアル』(著者:ダニー・シューマン、発行:芸団協出版部、2001年)
タイトルにある「予約会員」とは、一年間や半年など、公演のシーズンなどと呼ばれる、一定の期間内に上演される複数公演全てに来場することを前提として、一括で複数公演のチケットを購入(セット券、シーズンチケットなどとも言います。)する人、またはそういう人を囲い込む制度(メンバーシップ、友の会などと言います。)に入っている特定の客層を指します。
本の副題に「財政安定化」という言葉がありますが、毎年一定の時期にまとまったチケット収入を見込めるこの方法は、
興行団体、劇場などにとって公演の売り上げ予測を立てることは言わずもがな、最大のメリットとして一度に大きなお金を得られる点にあります!!!
30章ある中で、特に「チケット売場で予約会員にどう対応するか-予約の変更」の章が興味深く、日頃の自分の仕事(チケット管理、票券担当などと言い、チケットに関する全ての作業と管理を行います。)と併せて、予約会員を対象としてはいるものの、直接的な対面の場における接客の心構えについて、再度確認する内容だと感じました。
公演当日の入口に設置する受付テーブルにいらっしゃるお客様は、当日券購入、予約済みチケットの引き取りや精算、招待者へのチケットとパンフレット渡し+挨拶、チケット紛失や忘れ等の対応、既に持っているチケットを別の席に変更希望など、事前に予測できる対応とその場の判断が求められるケースがありますが、全ては「劇場での時間を楽しく過ごす」ことに集約され、その目標を達成するため、団体や劇場のルールや考え方をベースに丁寧さや誠実さなどが個別対応として重要になり、もてなされている実感やチケット代を払って鑑賞経験を得ることへの納得、満足等に繋がるのだと振り返りました。(私自身は、チケット料金の高低に関わらずこの気持ちが大切だと考えています★)
(青・さいとう)
2012年8月1日水曜日
観劇とドレスコード
はじめまして。お茶大のSSと申します。よろしくお願いいたします。
突然ですが、皆さんは劇場に観劇、または音楽会などに行く際、「何を着ていこうか?」と普段悩んだりはしますか?
そして実際、どのような服装で行かれますか?
私は先日あるクラシックのコンサートを観に東京文化会館へ出向きました。その日は某音楽大学の学生達が団体で観劇に来ていたようなのですが、その学生達の服装に私は思わず目が点になってしまったのです…。
Tシャツに半ズボンにビーチサンダルの男子学生達がぞろぞろ。キャミソールに短パンにサンダルの女子学生達がぞろぞろ。
正直言って、そのまま海に行けるのでは…?という服装の学生達がたくさんいて、(もちろん全員がそうだったという訳ではありませんが…)一部からは、日本のムジーク・フェラインとも称される東京文化会館のホワイエにはあまりに似つかわしくない光景だ、と私は感じました。
私が劇場に出向いてこのように感じたのはこのときが初めてではありません。年間少なくとも15回近くは劇場に行っていますが、毎回首をひねりたくなるような服装をした観客を目にします。
以前、某音楽大学に通う友人と観劇に行った際、彼女の服装はデニムの短パンにサンダルでした。私は、音大の学生のくせに(言葉が悪いですが)そんな格好で来るのか!!と勝手に怒りを覚え、彼女に「劇場に来るのにその格好なの?」と尋ねたことがあります。その時の彼女の回答はこうでした。
「私はそういうの気にしないから」
当時、その回答にもなんとも言えない怒りを覚えたのですが、私は彼女にそれ以上何も言い返せなかったのです。
というのは、私が何に対してそこまで怒りを覚えているのかがはっきりと分からなかったからです。
そして今でもなぜ私が観劇の際の服装に関して毎回憤りを覚えるのか、はっきりと説明がつきません。
そこで、皆さんの中に同じように感じている方がいらっしゃらないか?そういう方はなぜそのように感じているのか、意見を伺いたいと思い投稿させていただきました。
私は劇場に観劇に行く際、何を着ていこうか、と毎回少し悩みます。
というのは、あまりにひどい格好で行くのは、舞台で精一杯パフォーマンスをされている方に失礼だと思うからです。
でも、デニムは失礼だけどスーツなら失礼じゃないのか、と言われると何も言い返せません。
そういう問題じゃない!と言いたいところですが、「私はそういうの気にしないから」という人にとっては、問題はそこなのでしょう。
劇場芸術の観劇料はかなり高額なため、劇場芸術は敷居が高いと感じている方も多いと思います。
しかし、一方でその敷居の高さに魅力を感じているという方も多いのではないでしょうか?
そういう方たちにとって、高いお金を出してチケットを買い、ちょっとおしゃれをして出かけ、素敵なレストランで早めのディナーを楽しみ、休憩にはシャンパンで乾杯し、最高のパフォーマンスを観て帰宅する…というような、一連をすべて終えたところで「観劇を楽しんだ」と感じているのではないでしょうか?
現実的に、そういった人たちのみをターゲットにした芸術というのは成り立っていかないでしょう。NBSが格安の学生券やエコノミー券などを販売し、敷居が高いと思われる劇場芸術が一般の人にとってすこしでも身近になることは、芸術家にとっても芸術振興の意味でも非常にプラスになることです。
しかし、だからといってその芸術鑑賞の場が環境がガラッと変わってしまう事はプラスではないと私は思います。
西洋では、劇場にといえばかつては上流階級の人々が赴く場所であり、現在でもドレスコードがついていて、劇場に相応しくない服装の人は注意を受け、入場できない場合も多くあります。
しかし時代と共にファッションも変化し、「劇場に相応しくない服装」を見極めるのは難しく、観客と揉めるケースもある、と英国ロンドンのロイヤルオペラハウスに勤める友人が話をしていました。
デニムが悪くてスーツが良いとは思いません。
でも、劇場に芸術鑑賞をする際にはやはり「劇場に相応しい服装」で行って欲しいと思ってしまうのは私の考えが古いのでしょうか?
皆さんはどう思いますか?
(茶・SS)
突然ですが、皆さんは劇場に観劇、または音楽会などに行く際、「何を着ていこうか?」と普段悩んだりはしますか?
そして実際、どのような服装で行かれますか?
私は先日あるクラシックのコンサートを観に東京文化会館へ出向きました。その日は某音楽大学の学生達が団体で観劇に来ていたようなのですが、その学生達の服装に私は思わず目が点になってしまったのです…。
Tシャツに半ズボンにビーチサンダルの男子学生達がぞろぞろ。キャミソールに短パンにサンダルの女子学生達がぞろぞろ。
正直言って、そのまま海に行けるのでは…?という服装の学生達がたくさんいて、(もちろん全員がそうだったという訳ではありませんが…)一部からは、日本のムジーク・フェラインとも称される東京文化会館のホワイエにはあまりに似つかわしくない光景だ、と私は感じました。
私が劇場に出向いてこのように感じたのはこのときが初めてではありません。年間少なくとも15回近くは劇場に行っていますが、毎回首をひねりたくなるような服装をした観客を目にします。
以前、某音楽大学に通う友人と観劇に行った際、彼女の服装はデニムの短パンにサンダルでした。私は、音大の学生のくせに(言葉が悪いですが)そんな格好で来るのか!!と勝手に怒りを覚え、彼女に「劇場に来るのにその格好なの?」と尋ねたことがあります。その時の彼女の回答はこうでした。
「私はそういうの気にしないから」
当時、その回答にもなんとも言えない怒りを覚えたのですが、私は彼女にそれ以上何も言い返せなかったのです。
というのは、私が何に対してそこまで怒りを覚えているのかがはっきりと分からなかったからです。
そして今でもなぜ私が観劇の際の服装に関して毎回憤りを覚えるのか、はっきりと説明がつきません。
そこで、皆さんの中に同じように感じている方がいらっしゃらないか?そういう方はなぜそのように感じているのか、意見を伺いたいと思い投稿させていただきました。
私は劇場に観劇に行く際、何を着ていこうか、と毎回少し悩みます。
というのは、あまりにひどい格好で行くのは、舞台で精一杯パフォーマンスをされている方に失礼だと思うからです。
でも、デニムは失礼だけどスーツなら失礼じゃないのか、と言われると何も言い返せません。
そういう問題じゃない!と言いたいところですが、「私はそういうの気にしないから」という人にとっては、問題はそこなのでしょう。
劇場芸術の観劇料はかなり高額なため、劇場芸術は敷居が高いと感じている方も多いと思います。
しかし、一方でその敷居の高さに魅力を感じているという方も多いのではないでしょうか?
そういう方たちにとって、高いお金を出してチケットを買い、ちょっとおしゃれをして出かけ、素敵なレストランで早めのディナーを楽しみ、休憩にはシャンパンで乾杯し、最高のパフォーマンスを観て帰宅する…というような、一連をすべて終えたところで「観劇を楽しんだ」と感じているのではないでしょうか?
現実的に、そういった人たちのみをターゲットにした芸術というのは成り立っていかないでしょう。NBSが格安の学生券やエコノミー券などを販売し、敷居が高いと思われる劇場芸術が一般の人にとってすこしでも身近になることは、芸術家にとっても芸術振興の意味でも非常にプラスになることです。
しかし、だからといってその芸術鑑賞の場が環境がガラッと変わってしまう事はプラスではないと私は思います。
西洋では、劇場にといえばかつては上流階級の人々が赴く場所であり、現在でもドレスコードがついていて、劇場に相応しくない服装の人は注意を受け、入場できない場合も多くあります。
しかし時代と共にファッションも変化し、「劇場に相応しくない服装」を見極めるのは難しく、観客と揉めるケースもある、と英国ロンドンのロイヤルオペラハウスに勤める友人が話をしていました。
デニムが悪くてスーツが良いとは思いません。
でも、劇場に芸術鑑賞をする際にはやはり「劇場に相応しい服装」で行って欲しいと思ってしまうのは私の考えが古いのでしょうか?
皆さんはどう思いますか?
(茶・SS)
2012年7月31日火曜日
つながりのコミュニティ
みなさん、こんばんは。芸・nbkmです。
ブログを通して、さまざまな意見交換が行われていて、非常に興味深く参加させていただいています。
私の所属する研究室では、文化・芸術と社会課題との関わりも、研究の焦点となっています。
何より、学生が運営を担うプロジェクト全てがそのような側面を持っています。
そういった関心から出会ったある本を紹介したいと思います。
佐藤友美子・土井勉・平塚伸治『つながりのコミュニティ 人と地域が「生きる」かたち』(岩波書店、2011年)です。
コミュニティ論なのですが、新たなコミュニティのあり方として紹介されている事例には、
「アトリエ インカーブ」や「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」なども紹介されています。
事例検証を踏まえて、現在コミュニティというものがどのように機能しているのかについて書かれているものです。
インカーブの事例では、障害者と社会をつなぐものとしてのアート、
越後妻有の事例では、土地の人、外部の人をつなぐものとしてのアートということで、
人と地域が「生きる」かたちを形成していくための重要な資源としてアートが取り上げられていました。
私たちの研究室で行っているプロジェクトにおいても、起こせる何かは小規模かもしれませんが、
アートが地域に関わる意味が非常に大きいことは間違いありません。
「コト」を仕掛ける側にいる我々にとって、アートと地域が関わることにどのような意味があるのが、
それによって何がもたらされるのか、地域の人々にその地域の資源として受け止めてもらえるのか、
といったことを考えることは非常に重要です。
この本は、実践を主軸におく我々にとっては、そこに起きた現象をどのように言語化するかのヒントになるし、
研究を主軸におく方々にとっても、今どういう現象が起きているのかを、実践的視点から知ることができるので、
非常に興味深いのではないかと思います。
3.11以降に出版された本なので、被災した後の社会のことも考慮してあると思います。
ぜひ読んでみていただけると嬉しいです。
(芸・nbkm)
ブログを通して、さまざまな意見交換が行われていて、非常に興味深く参加させていただいています。
私の所属する研究室では、文化・芸術と社会課題との関わりも、研究の焦点となっています。
何より、学生が運営を担うプロジェクト全てがそのような側面を持っています。
そういった関心から出会ったある本を紹介したいと思います。
佐藤友美子・土井勉・平塚伸治『つながりのコミュニティ 人と地域が「生きる」かたち』(岩波書店、2011年)です。
コミュニティ論なのですが、新たなコミュニティのあり方として紹介されている事例には、
「アトリエ インカーブ」や「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」なども紹介されています。
事例検証を踏まえて、現在コミュニティというものがどのように機能しているのかについて書かれているものです。
インカーブの事例では、障害者と社会をつなぐものとしてのアート、
越後妻有の事例では、土地の人、外部の人をつなぐものとしてのアートということで、
人と地域が「生きる」かたちを形成していくための重要な資源としてアートが取り上げられていました。
私たちの研究室で行っているプロジェクトにおいても、起こせる何かは小規模かもしれませんが、
アートが地域に関わる意味が非常に大きいことは間違いありません。
「コト」を仕掛ける側にいる我々にとって、アートと地域が関わることにどのような意味があるのが、
それによって何がもたらされるのか、地域の人々にその地域の資源として受け止めてもらえるのか、
といったことを考えることは非常に重要です。
この本は、実践を主軸におく我々にとっては、そこに起きた現象をどのように言語化するかのヒントになるし、
研究を主軸におく方々にとっても、今どういう現象が起きているのかを、実践的視点から知ることができるので、
非常に興味深いのではないかと思います。
3.11以降に出版された本なので、被災した後の社会のことも考慮してあると思います。
ぜひ読んでみていただけると嬉しいです。
(芸・nbkm)
一体感のあるコンクール
はじめまして、茶・umeです。
遅れをとりまして、本日初コメント・初投稿になってしまいましたが、みなさんのご投稿とても興味深く、記事を拝読し楽しくコメントさせていただきました!
今回は、先日スタッフとしてお手伝いに伺った、とある日本歌曲のコンクールについて、印象的だったことを中心に書きたいと思います。
当コンクールは平成2年に発足し、出場者は228人と極めて多く、その年齢層は20歳代~80歳代と幅広く、参加者の所属もさまざまです。実際に行ってみるまで、このように広くながく親しまれている秘訣は何なのだろう、と考えていました。コンクールというと、競争の場であるために、クリティカルな視線が飛び交い、会場全体が独特の緊張感で満たされていると想像する方も少なくないのではないでしょうか。しかし、実際にスタッフとして参加してみると、上述の通り多数の出場者の中でハイレヴェルな争いが繰り広げられるにもかかわらず、単に技術を競うだけでなく、全体が一体となって、日本歌曲を楽しみ探究しようとする一体感のある催しであるように感じました。
実際に現場でふれあってみて肌で感じたのは、その場に集っている人々の目的はさまざまですが(個人的なことも含むので詳細は割愛します)、しかし音楽に対して心から取り組もうとする姿勢であるということは共通している、ということです。とりわけ、他の出場者の歌唱に合わせて小さく口ずさみ、「この曲好きなんだ。来年はこれにしようかな。」とおっしゃっていた方や、歌い終わった後に、溌剌と「やっぱり歌うっていいことね。ぼけ防止にもなるわ!」とおっしゃっていた方が印象的でした。
また、出場者がその場でどのようなことを疑問・不安に思うか、等を考えながら行動するよう心がけましたが、それとは逆に、参加者の人柄や温かな雰囲気のおかげで会が円滑に進み、それぞれの相互作用の上で成り立っているということも、身を以て体験しました。
私が今回お手伝いさせていただいたこのコンクールは、20年以上にわたって培われてきたコンクールの伝統と、企画・運営者のご尽力、人々の交流・連帯感が作用し、コンクールという競争の場にとどまらずに、普段さかざまなコミュニティーに属する人々が集い、それぞれに音楽を追求しながら、全体で一体となって日本歌曲を味わい醸成していくような場として機能しているということが、素晴らしい特色であると感じました。日本においては、とても希少なものなのではないかと推測しますが、どう思われますか。
このコンクールのような性格を有した催し物をご存知の方は教えていただきたいです!(茶・ume)
遅れをとりまして、本日初コメント・初投稿になってしまいましたが、みなさんのご投稿とても興味深く、記事を拝読し楽しくコメントさせていただきました!
今回は、先日スタッフとしてお手伝いに伺った、とある日本歌曲のコンクールについて、印象的だったことを中心に書きたいと思います。
当コンクールは平成2年に発足し、出場者は228人と極めて多く、その年齢層は20歳代~80歳代と幅広く、参加者の所属もさまざまです。実際に行ってみるまで、このように広くながく親しまれている秘訣は何なのだろう、と考えていました。コンクールというと、競争の場であるために、クリティカルな視線が飛び交い、会場全体が独特の緊張感で満たされていると想像する方も少なくないのではないでしょうか。しかし、実際にスタッフとして参加してみると、上述の通り多数の出場者の中でハイレヴェルな争いが繰り広げられるにもかかわらず、単に技術を競うだけでなく、全体が一体となって、日本歌曲を楽しみ探究しようとする一体感のある催しであるように感じました。
実際に現場でふれあってみて肌で感じたのは、その場に集っている人々の目的はさまざまですが(個人的なことも含むので詳細は割愛します)、しかし音楽に対して心から取り組もうとする姿勢であるということは共通している、ということです。とりわけ、他の出場者の歌唱に合わせて小さく口ずさみ、「この曲好きなんだ。来年はこれにしようかな。」とおっしゃっていた方や、歌い終わった後に、溌剌と「やっぱり歌うっていいことね。ぼけ防止にもなるわ!」とおっしゃっていた方が印象的でした。
また、出場者がその場でどのようなことを疑問・不安に思うか、等を考えながら行動するよう心がけましたが、それとは逆に、参加者の人柄や温かな雰囲気のおかげで会が円滑に進み、それぞれの相互作用の上で成り立っているということも、身を以て体験しました。
私が今回お手伝いさせていただいたこのコンクールは、20年以上にわたって培われてきたコンクールの伝統と、企画・運営者のご尽力、人々の交流・連帯感が作用し、コンクールという競争の場にとどまらずに、普段さかざまなコミュニティーに属する人々が集い、それぞれに音楽を追求しながら、全体で一体となって日本歌曲を味わい醸成していくような場として機能しているということが、素晴らしい特色であると感じました。日本においては、とても希少なものなのではないかと推測しますが、どう思われますか。
このコンクールのような性格を有した催し物をご存知の方は教えていただきたいです!(茶・ume)
こどもと文化政策(と広報と市民としての自覚?)
みなさんはじめまして。お茶大のjasmine@seaと申します。
書きたいことがいろいろありすぎて、何を書こうか迷っている間に、こんなギリギリになってしまいました笑
迷った結果、今回は自己紹介を兼ねて、私の子ども時代の経験から、「こどもと文化政策」についてお話しすることにします。
私は現在お茶大M2で日本近世史(≒江戸時代)を専攻し、副専攻として博物館学を学んでいます。このブログに集っている方々は、「文化」と聞くとダンスや音楽など「芸術文化」「アート」をまず連想される方が多いかと思いますが、私は生活全般といった意味合いで「文化」を捉える傾向が強い人間です。大学では「芸術文化」に触れる機会はなく、これまで芸術文化をアカデミックに考える機会もありませんでした。普段の生活でもそれほど意識することはありません。
かといって私が芸術文化に全く興味がなく隔絶された生活を送ってきたというわけではありません。
特に子どもの頃は、夏休みになると連日のようにあちこちの劇場で開かれたイベントに参加していました。私は横浜市出身なのですが、みなとみらいホールでパイプオルガンも弾きましたし、渋谷の円形劇場?で幻想的なお芝居も観ました。
また、私の弟は横浜能楽堂で開かれた「こどものための狂言ワークショップ」に参加したことがあります。これは夏休みに数日間のワークショップに参加した後、希望者はさらなる練習を積み実際の能舞台で演じることができるものです。色々な学年のこどもたちが一緒になって練習をし、本物の舞台で演じたことは、10年経った今でも忘れられない経験となったようです。この横浜能楽堂は平成17年度のJAFFAアワードに選ばれています。(私は間違いなく参加者の中で最年長になることに恐れをなして、応募しなかったのです・・・。モッタイナイ!!)
またこうした芸術文化分野だけでなく、動物園で図鑑を作ったりバックヤードに行って掃除をしたり、自然系・歴史系・技術系など様々な博物館に行ったりと、多様な分野の文化イベントに参加していました。一日で渋谷にあるNHK、電力館、たばこと塩の博物館、プラネタリウム、こどもの城を回るのは、夏休みのテッパン行事でした笑
こうした経験たちは間違いなく私の世界を広げてくれました。みなとみらいホールでは、横浜にちなんでかもめの形にデザインされたパイプオルガンであることを知り、ますます横浜という場所が好きになったことを覚えています。また同級生の多くが学校の勉強を教科書の範囲内ででしか捉えられないのに対し、私たち姉弟は学校で学んだことを博物館や動物園で見聞きしたことと照らし合わせて、実際の世界に位置づけて理解できていたように思います。
これらたくさんのイベントに参加できたのは、私の母がこうしたものに関心が強く、自治体の広報紙をくまなくチェックして応募してくれたからです。(私の母は、母の母、つまり私の祖母にやはり夏休みにいろいろなイベントに引っ張り回されたそうです笑)ですが、母曰く、こうしたイベントへの参加方法が分からないというお母さん方が多かったといいます。
こうしたイベントは間違いなく参加する価値があるものだと思います。さらに、こうしたイベントは「招待」が多く、参加費がかからないものも多いです。
より多くの子どもたちに参加してもらうためには、イベントを提供する側が確実に情報を届けるための工夫を凝らすことも確かに必要だと思います。ですが、私は市民が市民としての自覚をしっかりと持って、行政が提供しているサービスを積極的にキャッチしていくという姿勢が非常に大切ではないかと思っています。
私自身も市民としての自覚を持って、提供されているサービスを貪欲に利用していこうと思っています。
簡潔に意図を伝えるのはなかなか難しいものですね・・・笑
みなさんはどんなイベントに参加したことがありますか??
茶・jasmine@sea
書きたいことがいろいろありすぎて、何を書こうか迷っている間に、こんなギリギリになってしまいました笑
迷った結果、今回は自己紹介を兼ねて、私の子ども時代の経験から、「こどもと文化政策」についてお話しすることにします。
私は現在お茶大M2で日本近世史(≒江戸時代)を専攻し、副専攻として博物館学を学んでいます。このブログに集っている方々は、「文化」と聞くとダンスや音楽など「芸術文化」「アート」をまず連想される方が多いかと思いますが、私は生活全般といった意味合いで「文化」を捉える傾向が強い人間です。大学では「芸術文化」に触れる機会はなく、これまで芸術文化をアカデミックに考える機会もありませんでした。普段の生活でもそれほど意識することはありません。
かといって私が芸術文化に全く興味がなく隔絶された生活を送ってきたというわけではありません。
特に子どもの頃は、夏休みになると連日のようにあちこちの劇場で開かれたイベントに参加していました。私は横浜市出身なのですが、みなとみらいホールでパイプオルガンも弾きましたし、渋谷の円形劇場?で幻想的なお芝居も観ました。
また、私の弟は横浜能楽堂で開かれた「こどものための狂言ワークショップ」に参加したことがあります。これは夏休みに数日間のワークショップに参加した後、希望者はさらなる練習を積み実際の能舞台で演じることができるものです。色々な学年のこどもたちが一緒になって練習をし、本物の舞台で演じたことは、10年経った今でも忘れられない経験となったようです。この横浜能楽堂は平成17年度のJAFFAアワードに選ばれています。(私は間違いなく参加者の中で最年長になることに恐れをなして、応募しなかったのです・・・。モッタイナイ!!)
またこうした芸術文化分野だけでなく、動物園で図鑑を作ったりバックヤードに行って掃除をしたり、自然系・歴史系・技術系など様々な博物館に行ったりと、多様な分野の文化イベントに参加していました。一日で渋谷にあるNHK、電力館、たばこと塩の博物館、プラネタリウム、こどもの城を回るのは、夏休みのテッパン行事でした笑
こうした経験たちは間違いなく私の世界を広げてくれました。みなとみらいホールでは、横浜にちなんでかもめの形にデザインされたパイプオルガンであることを知り、ますます横浜という場所が好きになったことを覚えています。また同級生の多くが学校の勉強を教科書の範囲内ででしか捉えられないのに対し、私たち姉弟は学校で学んだことを博物館や動物園で見聞きしたことと照らし合わせて、実際の世界に位置づけて理解できていたように思います。
これらたくさんのイベントに参加できたのは、私の母がこうしたものに関心が強く、自治体の広報紙をくまなくチェックして応募してくれたからです。(私の母は、母の母、つまり私の祖母にやはり夏休みにいろいろなイベントに引っ張り回されたそうです笑)ですが、母曰く、こうしたイベントへの参加方法が分からないというお母さん方が多かったといいます。
こうしたイベントは間違いなく参加する価値があるものだと思います。さらに、こうしたイベントは「招待」が多く、参加費がかからないものも多いです。
より多くの子どもたちに参加してもらうためには、イベントを提供する側が確実に情報を届けるための工夫を凝らすことも確かに必要だと思います。ですが、私は市民が市民としての自覚をしっかりと持って、行政が提供しているサービスを積極的にキャッチしていくという姿勢が非常に大切ではないかと思っています。
私自身も市民としての自覚を持って、提供されているサービスを貪欲に利用していこうと思っています。
簡潔に意図を伝えるのはなかなか難しいものですね・・・笑
みなさんはどんなイベントに参加したことがありますか??
茶・jasmine@sea
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