2012年12月13日木曜日

リニア・鉄道館にて考えたこと

リニア・鉄道館(名古屋市港区)を見学した。ここでは、その展示内容とそこから読み取れる博物館の理念や訴えようとしているもの、またそれについて私が考えたことについて述べたい。
 まず、この博物館の概要を公式ホームページ(http://museum.jr-central.co.jp/)に基づいて説明したい。この博物館は昨年3月に開館した、東海旅客鉄道株式会社(JR東海)が直営する鉄道博物館であり、そのコンセプトは同館ホームページによると、「現在の東海道新幹線を中心に、在来線から次世代の超電導リニアまでの展示を通じて『高速鉄道技術の進歩』を紹介」すること、「鉄道が社会に与えた影響を、経済、文化および生活などの切り口で学習する場を提供」すること、そして「模型やシミュレータ等を活用し、子どもから大人まで楽しく学べる空間」であることとされ、「夢と想い出のミュージアム」という呼称も館名に続く形で付けられている。展示は主に、実際の車体の展示、鉄道技術のモデル展示、史料展示等であり、シミュレータにて運転士や車掌の業務の一部を体験することが出来る。
 私が見学したのは平日であり混雑はしていなかったが、未就学児と保護者、高齢者、外国人のツアー客等幅広い年齢の人々が来館していた。入館すると、まず3両の車体が展示されている部屋へ出る。この3両は、それぞれC62型蒸気機関車、955形式新幹線試験車(300X)、そして超伝導リニアのMIX01-1である。これらは「高速鉄道のシンボル」として位置づけられており、それぞれ狭軌に於ける蒸気機関車の最高速度、電車の最高速度、鉄道の最高速度を記録した車両であり、何分かに1回、それを説明する映像が流される。この部屋を抜けると、メインの展示室に入り、そこには30数両(ホームページによれば実物車両は全部で39両)の車両が展示されている。0系、100系、300系の新幹線車両、381系電車、52系電車等が前面に並んでいる。概ね歴史的な順序で入り口から見て右から左へ配置され、後方にも何両もの貴重な車両が、美しく磨かれて展示されている。殆どの車両では、座席に座ることは出来ないが、復元された内部の見学も可能になっている。また、その展示の周りにはモデルを用いた地震感知と緊急停止の仕組みやATCの仕組み、台車の仕組みや座席、改札、オペレーション全般の、映像や模型を用いた展示が行われている。その他精巧なジオラマの展示や、超電導リニアの技術に関する展示、シミュレータ、2階では史料の展示、電車の玩具などを置いた子ども用の遊び場等がそれぞれ部屋に分かれて配置されている。リニア・鉄道館という名前であるが、どちらかというと超電導リニアに関する展示よりも在来線・新幹線に関する展示のほうが多い。
 この展示の於いて一貫しているのは、そのコンセプトにも示されている通り、高速鉄道技術の重視である。新幹線車両や技術の展示は勿論、前面に展示されている381系電車も、日本初の振り子式車両として開発され、名古屋と長野を結ぶ特急「しなの」号に於いて、その丁度後方に展示されている気動車特急の時代から大幅な時間短縮を実現した車両である。そして、シンボル展示に位置づけられている3つの車両もまた、前述したように速度の世界記録を出した車両である。同行した鉄道ファンの友人の話によると、展示品の一部、特に旧式の車両や史料は、JR東海が嘗て営業していた佐久間レールパークに展示されていたものである。それを考慮すれば、同社がこの新しい博物館の展示品を選び、展示を作り上げてゆく過程には、今後の開通と新たな主要事業となるであろう、東京、名古屋、そしてゆくゆくは大阪を結ぶ超電導リニアへと続く、都市間高速鉄道の重視と、そのアピールが一貫した理念として見えてくる。
 高速化は、鉄道事業の目指すものの一つであることは間違いがない。そしてそれは、新幹線にその収益の大部分を頼るJR東海(同社の旅客運輸収入:http://company.jr-central.co.jp/company/achievement/financeandtransportation/transportation1.html)にとって、安全輸送に次ぐ最も重要な事業上の関心事であろう。しかし、鉄道事業が旅客に提供できるものはそれだけではない。勿論それらをJR東海が軽視しているというわけでは無いが、快適な居住性の提供、便利な駅の提供等、高速化とそれが完全に分離している訳では無いが、高速化の他にも鉄道事業が目指すべきもの(ここでは安全輸送は、私はそれらの基盤となる大前提としてあえて枠外に置いている)が存在する。それらではなくて、「高速鉄道技術」を前面に打ち出すということはどういうことなのか。それをこの博物館が強調する理由の最大のものは、前にも少し触れたように、JR東海の経営方針であろう。新幹線でその収益の大半を稼ぎ、将来に於いては超伝導リニアにより三大都市間輸送を担おうとしている。博物館を運営するにあたって同社は、「高速鉄道技術」を来館客に一番にアピールしたいであろうし、勢いすることになるであろう。しかし、ここではもう少し、「それがどういうことなのか」、つまり展示に於いて「高速鉄道技術」が前面に押し出されている意味を考えてみたい。ここで、同館のコンセプトの、ここまで私が言及してこなかった最後の一つを思い出してみよう。それは、「鉄道が社会に与えた影響を、経済、文化および生活などの切り口で学習する場を提供」することであった。鉄道はいうまでもなく社会的なインフラの一つであり、それは特に日本に於いては、まさに日常生活の一部であろう。今このブログを読んでいる人のうち、日本で生まれ育った人で、鉄道を利用したことがない人がいたら、ぜひ私に教えてほしい(私の知人で、高校まで徒歩通学だったため、高3まで一人で切符を買えなかったという者はいるが)。このコンセプトに対応する展示は、主に2階に位置する展示室で展開されている。これらの展示は、鉄道の歴史を踏まえたものであり、新たな知見を得ることの出来るものであるが、この博物館で前面に押し出されている鉄道の高速化という理念に比べると、些か展示の量が寂しい。しかしながら、この「鉄道が社会に与える影響」というものは、「鉄道の高速化」と強く繋がっている筈である。この博物館に於いて、鉄道の高速化を重視するならば、更にそれが社会に与える影響、或いは、社会からどのような影響を受けて鉄道は高速化してゆくのかということも、もう少し考えるべきなのでは無かろうか。日本最大の鉄道会社のうちの一つが、鉄道博物館を建てた。そこでは鉄道の高速化が強調されている。そのこと自体、これからの日本の鉄道と社会との関係に何らかの示唆を持つのでは無かろうか。
 現在、運賃のことを考えなければ、名古屋近郊に或る私の実家から、早稲田大学の2限の授業に通うことが出来る。京都市内の大学なら、名古屋から通っている学生がいるという話をよく聞く。リニア開通後、運賃次第では、名古屋から東京に通う学生やサラリーマンが現れる。現在の東京から八王子や千葉への出張と、リニア開通後の名古屋までの出張との移動時間は殆ど変わらない。リニアの開通は、車内でサンドイッチを食べコーヒーを飲んでいる間に名古屋から東京までの移動を可能にする。名古屋から各駅停車で東京まで行くと、その間に文庫本が3冊は読める。リニアの中では1冊のうちの3分の1がやっとであろう。そのような社会がまもなく実現しようとしているのである。日本国内に於ける交通革命に違いない。一方で、JR東海はリニアがこの社会に求められていると思うからこそ、その建設をする筈である。この社会は、東京、名古屋間を1時間40分で結ぶ新幹線でよりも、更に早い移動手段を求める社会なのである。近年、鉄道ファンたちは多くの鉄道の(少なくとも彼らにとっての、おそらく多くの人にとっても)楽しみが消えてゆくことに嘆いてきた。西行きブルートレインは全廃された(寝台特急自体は残っているが)。この博物館にも車両が展示されているが、新幹線の食堂車も既に全廃されている。この社会に存した文化は、それらとは相容れなかった、ということなのであろう。
 コンセプトにも示されている「鉄道が社会に与えた影響」、或いはその逆の関係と現在や未来に於いて起こる事柄も含んで、「鉄道と社会との関係」を、同じくコンセプトに示され、実際の展示でも強調されている「高速鉄道技術の進歩」に対しメタに位置づけて考察することを来訪者に促すのは、彼らにリニアや新幹線への批判的な意見をもたらしかねない可能性もあり、私企業であるJR東海が運営する博物館にとっては難しいことであろう。しかし、鉄道の利用者であり、何よりもかけがえのない交通インフラとしての鉄道に支えられている社会に生きる私たちは、一度はそういった見方で考えてみるべきでは無かろうか。日本の優れた鉄道技術は、私たちに次々に夢を与え、更にはそれを次々に現実にしてきた。超電導リニアもまた、現実になりつつある巨大な夢である。お年寄りから私たち学生まで、誰もが「想い出」にゆったりと浸れる車両と再会できる、豊富な展示のあるこの博物館で、「夢」についても、ゆっくりと考えを巡らせるのもよいかもしれない。

(早・宇佐美)

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